夕方。
様々な手続きを済ませ、みんなで空港に向かって──気が付いた。
「あ」
そうだ。
「グラタンさん、パスポートはありますか」
グラタンさんは首を横に振る。アサヒも、だよなぁという感じだった。
「どうしよう……」
拉致されてきたんだから、何も持ってきていないのは当然だった。
でも空港で「この人拉致されてたから何も持ってないけど帰りたいんです」なんて通らないよね。
「身分証明書があれば、大使館で一時帰国するための渡航書をもらえるかもしれないんだが……」
アサヒが唸る。彼はずっとどうやって帰るのか懸念があったらしい。
それににしても、「そうなんだ。そういうときに大使館に訪れるんだね」
拉致被害者が自発的に帰るにしても、身分証明の手段が無い。
違法に入国する人を取り締まるための法律は同時に、違法に国に入ってしまった被害者を縛っていた。
結局、本当に拉致されてきたかって問題になるのか……
「こっちでは、報道がほとんど政治のもので、国の名誉を侵すようなニュースは流れないから、こんなの、訴えても無かったことにされるでしょう」
グラタンさんがため息をつく。大使館に行けたところで、拉致問題を認めてくれるとは限らない。
それもまた盲点だ。――今までの私もそうだった。身分やちょっとしたことを認めて貰えないだけで、周りと差が出来るということを、精神だ、努力が足りないからだとそれこそ不自由のない何も知らない人が決めつける。でも、本当は周りは関係ない。適当なことを言うだけ。
友達、が崩れても、家族、が壊れても、そんなものを背負わせるような呪縛はあってはならない。
「この国を牛耳っているボスを、裏切らないとも思うし」
グラタンさんが悲痛な声を上げる。
義手の男は、きっとそれを利用し続けているのだろう。
私たちは夕方には、飛行機に乗る。けど、ここでグラタンさんを残して来たら何のために行ったのかわからない。
これから、ひとまず、捜査関係の人と話してみようということになった、そのときだった。
「おやおや、皆さん、おそろいで」
噂をすれば、特徴的な音とともに、義手の男が現れた。
「うっれしいンゴー------!!!!!!」
彼はよっしゃぁ!!と両手を握り締める。えぇ……
「マーケットの商品が、居なくて困っていたんだけど、どうせ、ここから出られないからな、空港で待たせてもらった」
そして、私の顔を見つめた。
「フン。やっと、本人に会えた」
覆面で、顔はわからない。のが、余計に不気味だ。
「あの……」
「ずっと会いたかったが、接触禁止令を出されているうちは、叶わなくて歯がゆかったなぁ。
俺の手の感覚は、永遠に失われたが、代わりに、お前が生きていることこそが、生き甲斐になった。
あんなに、人権侵害を受けながら、まだ、死なない! まだ、自殺しない! どころか岡崎が自殺! あぁ、お前が生きているだけで、なんてすばらしいのだろう、普通なら自殺しているというのにだ! お前が生きていることが嬉しいンゴー---------!!!!!!!」
気持ち悪い……
この人の歪んだ感情が、気持ち悪い。
周りの自殺を楽しんでいるからこその、私が生きているという喜びで、興奮し、執着しているんだという。
「あなた、頭がどうかしてる」
狂っている。けれど、彼にとっては本気でこんな気持ち悪い感情を私に向けて居るのだから、驚きだ。
彼が義手を突き出すと、水色のクリスタルが浮き上がってきた。
「あれは……私のスキダ……」
グラタンさんがふらふらと引き寄せられる。
「返して……お願い」
義手の男はこっちに戻っておいでと優しく囁く。
「そっちに、行っちゃだめ!」
女の子が叫ぶのを振り払って、彼女は義手の男の方に向かっていく。
しかし彼はすぐに立ち去ろうとしなかった。私を見つめたまま、もう一狩りできるかなと思っているようだ。
「あなたの目的は何? どうして私を知っているの」
「答えて、なんになる? 教えて、なんになる? 目的に、とらわれて──なんになる?」
「ああ、もう! うるさい!とにかく、スキダを、返しなさい!」
男は、出来ないと言った。
グラタンさんはとりつかれたようにスキダを見たまま固まっており、私たちの声は届かない。
「これは俺のものだ。俺が見つけて、盗んできたから今さらなにを言おうと遅い。
だいたい、発作を起こすだけのものに、なんの意味がある? 俺が有効活用して使ってあげるんだよ。こいつにはまだ早い」
──人を好きになるには、自分を好きにならなくてはな。
彼は、嘲笑った。
「勝手なことを言わないで」
思わず声が低くなる。
椅子さんが足下にやって来る。
人を好きになりました、とふんぞり返る人を何人も見てきた。流行っているから、とかで他人をだしにしているだけの人も居る。
そうでない人とどちらが悪いとかそういうのじゃない。
──けれど、前者はあまりにも無自覚に人を傷付けると思う。
「さっきから、聞いてれば、なんて身勝手なの。
自分を好きになるかなんか、関係ないでしょう!
何様のつもり!?」
今までこうやって、戦ってきた自分を、誇りに思ってる……少なくとも私はそう。
「そんなもんにね、理屈はないの!
ただスキダが世界にあるから、それだけ、でしょうが!!
だから、苦しんできたの!
あれがあって、みんな牙を向くからなの!
自分の中に原因を求める範囲を越えてるのよ、あんなの。
今まで観察してきたくせに、そんな基本的なこともわからないの!? みんなみたいに、性格を直せば変わるようなものじゃないの!」
彼はニヤリと笑った。
「そうだったそうだった。失礼。だが──スキダなど、キムの手を前にすれば、無いも同然だ。
楽にしてやる。
もう、苦しむな。捕らわれるな。
全ては、無常なのだから」
彼が、私の前に、手をかざす。
ふわ、と身体の中心で風が巻き起こった。
キムの手は、私のスキダを奪えなかった。
「何故、だ……」
伸ばされたキムの手にそっと触れる。
「私は──『これ』と同じだからよ。存在したくて、スキダが憎くて──その呪いの中にいるから。こんなもの、怖くない」
深い悲しみが伝わってくる。
生まれたかった、存在したかった。いくら他人から奪っても足りない。
椅子さんが、すぐ脇から出てきてキムの手に触手を伸ばす。彼を身動き出来ないようにしながら、キムの手の塗装を溶かし、剥がしていく。
やがて、黄金の輝きのあった義手はただの義手になっていた。椅子さんは、満足そうに、ガタッと呟いた。
──あの子の血を塗って作られているかもしれない。
あとで欠片を精製しよう。
私は義手の男の前に、踏み出す。
「もう終わりにしましょう」
12/2113:30



