おうちに帰ろう!
キムの手 3
帰りは夕方なので、しばらく遊ぶことが出来る。
と、いうわけで。
それからは北国観光をした。
あちこちの店や市場に入って、チョン鳥の唐揚げとか食べたり、提灯屋さんとかを見たりした。
44街では見慣れないものがたくさんあった。ちなみにチョン鳥はこの辺にしか生息しないらしい。
一緒に食べ歩きするうちに、グラタンさんも少し、元気を取り戻していたように見える。変装は見破られていないのか、周りの人に関心がないのか、誰も触れて来なかった。
「でも、スキダが……まだ、取り返せてないですね」
私が聞くと、彼女はぼーっとしたまま首肯く。
「ええ、確かにちょっと、味覚とか完全には戻らないけれど──スキダが無いと恋愛性ショックの発作が起きないの。それは盲点だったわ」
ずっと黙ったままでいたオージャンが、成る程、と目を輝かせる。
「癲癇のように、何か発作のもとになるものがあるかもしれませんね」
「てんかん?」
女の子が不思議そうにする。
「大脳にある神経細胞が、過剰に活動してしまって、発作や意識障害になることもある症状です。
好き、とか、好意的な言葉にのみ起きるという、恋愛性ショックも──スキダと切り離した場合で変化があった、というのは治療に役立つかも」
ちなみに今の44街医学界では、特定の言葉や動作を繰り返すチックやトゥレット症候群のように、神経発達と関係すると考えられているらしい。恋愛には、好嫌の判断と、人物情報の伝達、ホルモンバランスなど沢山の処理が必要になる。その過程で、なにかのエラーが起きているという考えだ。
「深海に住む44コイのように、感情の前に、対外的な認識力が必要であるという論文もありまして──両親の関わりや愛着との関係性も議論されているんですよ」
オージャンが生き生きと研究の話を始めてしまって、途中からは恋愛性ショックの講義になっていた。
いつか治療方などが確立されるといいなと思う。
「告白されて、初めて発症する人も居る──ラブレターテロも、その意味ではこの病気を改めて世間に広めました」
本屋にも行った。44街に居るときは「どうしてみんな、対物性愛だけはネタに出来ないんだろうな?」
「認められたのに、恋愛の街なのに異常に反応が薄くて気持ち悪いぞ?」
と思っていたのだけど、こちらに来てみると、それは思い込みだったことが判明。
対物性愛専門のお店もあちこちにあって、関連商品が売られていたのだ。
他の国で、対物性愛はこんな風に既に文化として受け入れられていたんだ!
市場には、いろんな本も売っていて、椅子と恋愛をする本も見つけた。
対物性愛向けの恋愛物なら私にも理解出来るかも!
女の子と、共有することにして現地のものを何冊か買い漁った。結構いろんな作家が、対物性愛ものを書いている。
44街の本屋はあまり行ったことがないけれど、もしかしたら既に受け入れが始まっているかもしれない。
食べ物や本のほかには、色んな人形店などを回って『素体探し』もした。
キムが気に入るのかわからないけど、それならそれで、この子を可愛いがって家に飾ろう。
「アサヒは、昔、自殺した女の人、知ってるんだよね」
ゴロゴロした目玉のパーツを手に取りながら、私は尋ねる。
「あぁ……」
尋ねられたアサヒは、なんだか寂しそうに頷く。
「それが、キムって、コトは無いかな?」
「どうだろうな。あれってお前のじいさんの時から居たんじゃないか? だったら、それは彼女じゃない」
「そっかぁ……そういえば、そうだった」
そうだった。おじいちゃんが、言っていたんだ。
でも、それがあのキムかはわからないけど、でも……その可能性の方があるのか。
「彼女、俺は空の上から見ることが多かったけど……活発で、明るくていい子だったよ」
アサヒは、ウイッグを手に持ちながら、観察屋の話をしてくれた。
「ベテランの観察屋がさ、あの頃やけに羽振りが良かった。
部屋に戻ると隊員へ、って箱が置かれててビールとか、肉とか、おごってくれたりしたんだ。あれは今じゃあり得ないぜ。
――俺は下っ端で、ただいつもと同じ、決められたルートを飛行するだけだったから、誰のことかまではわからなかったけど、
そいつは幼稚園とかに寄付するとかって、懸命に働いてたらしい。学会名義で寄付が出来るから。
観察屋が犯した犯罪が、子どもたちを育てていた――それによって、一人の尊い命が失われてるって言うのに……
あんなやり方、本当はあっちゃいけない。子どもが救われるなんて大義名分、どうして、彼女が失われた理由になる。卑怯だ……俺たちは」
彼らは、汚いやり方を、慈善事業に混ぜてくる。という話を聞いた。
批判をしづらくするためなのだろう。なんてやりきれないのだろうか。
その恩恵は、私にもあったのだろうか。
だとしたら……
「チラシも、あの頃にはあって、いろいろとばら撒かれていたと思う。
観察屋のその時のベテランが、どんどん働いてて、観察屋の設備は潤沢に成っていったけど、マヒした思考ではなんの疑問も抱かなかったよ。 やがてターゲット消失によってルート変更がなされた。
利用し続けて、圧力をかけて、消して、そうやって蓄えていくことを当然のようにベテランが扇動した。
ギョウザさんや岡崎老人たちが、こそこそ何かしてた噂もあるけど、幹部のことはわからないな」



