椅子こん!



「サイコさんは居ますか?」

受付の、無駄にギラギラしたカーテンをくぐる。
壁のあちこちが鏡張りで、正直ものすごい落ち着かない。
受付に居る人は、愛想の良い笑顔で「はい、来られておりますー」と答えた。
 せっかく自己紹介を考えていたのに、アサヒが既に何か話をつけてしまったのは本当のようで、特に聞かれなかった。
「ねぇ、何を言ったの?」
小声で聞いてみるが「後で教える」というだけだった。
まるで、私に叱られたくないみたい。嫌そうに目を逸らすので、逆に気になってしまう。
「えぇー-、気になるなぁー」
気になると訴えてみたけれど、後だとか、言うだけだ。
頑ななので仕方ない、と改めて私たちは受付の人が何か裏口に回っていったのを待ちながらそこに立っていた。
女の人の写真がいっぱい並んでいる。
「アサヒは、どんな子が好きなの?」
「…………」
黙ってしまった。
まぁいいや。


 しばらくして、どうぞ、と店の中――ではなくて、なぜかカウンターの横のバーが外されて、裏に通される。
( んん?? )

 裏は、仄暗くて、雑多に物が置かれ、あちこちが鏡張りの部屋よりはちょっと落ち着いていた。
古びたソファーとローテーブルのセットがあり、私たちはそこに座った。
 担当の七三分けの人が、一礼して入ってくるなり、ようこそ当店へ、と言った。
「店内で早々に見つかってしまうのはいけないので、先に打ち合わせを、と」
「はぁ……」
しー、と指で静かにするように合図される。彼はアサヒをみるなり「あなたも、大事な人を亡くされて居るのですね」と言った。
アサヒがえ、とやや驚く。
「いえ、なんだか、よほど、事情があるとお見受けしまして……『あれ』を引き合いにされるお客様は、滅多に居りませんので」
……」
「それを話して何になる」
「この店で働かれる方にもよく居るんです。嫁品評会からはぐれた売れ残り。そして何人かは品評会で宝石として扱われ、あとは……臓器の売り渡しなどでしょうか」
「俺を、はかっているのか。そんなこと、べらべらと話しても」
「そんな、私はただ、不思議でならないんです。あんな宝石は、滅多に手に入るものではありません。えぇ、例え、あの学会の幹部でも。
私もよく見に行っている『品評会ですら』そうお目にかかれるものじゃない。なにか事情があるのでしょう? 
あなたの目は、そういう、覚悟の目だ」
「お前も、誰か、亡くしたことがあるのか」
「……えぇ。嫁を攫われた。だから此処で情報を探して毎日のように嫁品評会のことを考えて……いつか出品されるかもしれない嫁を夢見て居ます」

(アサヒ、もしかして)
私は、二人の会話でピンときた。アサヒがどうやって此処と話を付けたのか。
 あの宝石だ。
確かに私の性格上、大事な彼女をそんな風に扱って良いのかと言う可能性も無いではない。
だけど、どうせそんなこと言ってられない。彼が一番わかっているはずだ。
だから……今は、静かに見守って居よう。

「俺は、一度、目の前で、『こいつ』を、失った……」

アサヒは、ゆっくりと言葉を吐き出した。

「この宝石は……この前、あるやつがやっと返してくれた。
大事な人だったんだ。でも、もう戻ってこない。こいつを知っている奴に会いたい。関係者を追っていけば叶うかもしれない。
そう思った。サイコは商人をしているしな。
そして、今、これにされるかもしれない奴が、友人の、母親なんだ」


「それで、ですか……ではご友人の為に」

「どちらもだ。此処で働く者に、グラタンという名前は無かったか」

アサヒは何度か深呼吸した後に店の彼に尋ねた。

「いえ……居ないですね」





裏の壁に設置されている監視モニターから、店をそーっとのぞく。機密保持の為か、音声は抜かれていた。
各テーブルが映っている中で、8番に集まっている人たちがひと際目をひく。
「サイコ様は、すぐ隣、9番ですが」
「……あれは、誰か知っているか?」
アサヒは、目の前に映る義手の男を指さした。
「あぁ、彼ですか。大昔、大樹伐採の神罰で、手の感覚を失ったとのことで。昔は、なんとかっていう、学会の前の、『歴史を調査するような団体』に居たそうですけどね……」

 大樹伐採。大昔、スキダが視認されるようになる前。
精神汚染を食い止めていた神木――大樹が、一部の者によって伐採された。
 学会の初期の団体が自らの利益の為、土地の利用の為に行ったのだというそれによって、大震災が引き起こされ、しばらくして今の44街が生まれたらしい。大昔の戦争で、人々の心が神や尊いものを感じられない程マヒしていたと、後で椅子さんも言っていたことがある。
スキダは、その罰なのか。
「歴史を……」
「学会が、根城にしているいくつかの街は、そもそも遺跡が多いですから。最初の会長の趣味みたいですけど。今も引き継がれているのにはスキダが視認されるようになったこと、急に、彼の手の感覚が失われたことなどで、神や、古代のことに興味を惹かれたのもあるでしょう。もしくはそれを『呪い』と思っているのかもしれない」

 『昔話』が、学会に残っているのだとしたら、なんのためなのか、というのは、確かに私も気になっていた。
悪魔の噂を広めて、呪いだと囃し立てたいのなら、さっさと葬ってしまえばよかったものじゃないのか。
だけど、それが、会長の意志だった……

  ――学会は、心の奥底では、神様を信じているんだ。だから恐れている。

 ギョウザさんが、義手の男になにやら話しかけ、彼も愉快そうに笑う。お酒が注がれる。
女性が何かを言うと、一人の黒い人が何か手でジェスチャーする。すぐに、何か簡単な料理が運ばれる。誕生会かな。
あの画面の向こうで、取引が行われているのか。

「グラタンという名前が無かった、ということは、此処にはいない、品評会入りしているか、それとも……」
 私が画面を見ている間に、横でアサヒが言うと、彼は、今度の品評会に名前があるかもしれないと言った。
「そこに居なければもうわからないですけど、品評会だったら会に交じれば見学はできると思います、ちなみに明日です」
「会場は……結婚式場か」
「え? えぇ」

ちょっと、話しすぎたな、とアサヒが店の、中の方を覗く。
「そろそろ偵察、行くか……」
そのときだった。
何かを察知して、黒い幹部集団はぞろぞろと立ち上がって歩き出した。
まさか、俺たちが気づかれたか?と少し焦るアサヒに、従業員さんが「違うみたいです、ほら」と、何か指さした。
入れ違いで、客が入ってくる。頭に蝶の飾りを付けた、派手なドレスの女の人と、そこそこ高そうなスーツの男の人たち。
「あの人たちを警戒して出て行ったみたいですね」
  一見、ただのお客さんにしか見えないけれど、警察とか探偵とかなんだろうか……
「チッ、入れ違いか……まぁいい、奴らが通り過ぎてから、戻ろう」
アサヒが言い、私も頷く。
ちょうどそのとき、足下に何かが走ってくるのを感じた。なんとなしに、この裏側の部屋への入り口を見る。
カラカラ、と微かなタイヤの音がして、何かが私の足下に突進した。
「あ……車さん」
車さんが、私に何か言っている。
「……」
でも、椅子さんよりも、あまりこの車を知らなくて、心が通じていないので、少し、聞き取りづらい。あの子ならわかるかもしれない。
「ご苦労様」
そっと掌にのせて、上着の中にしまった。






 外に出ると、まだ昼間とはいえ、ちょっとずつ夕方になりかけていた。
明るいっていうのに、此処はどことなく薄暗い。様々な施設の陰にあたる場所なんだろう。
「正面切って話しかけに行くのも目立つし……なんだか、グダグダになっちまったが、とにかく、あいつが嘘をついてなければグラタンさんは此処には居ないってことがわかったな」
「アサヒ、アサヒ!」
私は店の外でアサヒを呼ぶ。
「なんだよ?」
「サイコに会いに来たんじゃなかったの? そりゃ義手の人も、幹部たちも怪しいけど!」
「あ……、だけど、嫁品評会が明日行われることが分かった。もし、そこに居るのならまだグラタンさんは生きているかもしれない。
どうせ、そこにサイコも出てくるだろうしさ」
そこまで言ってアサヒがもたれかかってくる。ぐったり、していた。
「アサヒ?」
「……緊張した」
「お、おぉ……」
あんなにすらすらと取引?をしていたので、手慣れているかと思っていたが、実際結構緊張してたのか。
「お疲れ様。そして、まだ、がんばろ。うちに帰るまでが遠足なんだよ!」
「……あぁ。この、石……盗られたらどうしようかと思って……ちょっと怖かった」
「うん。頑張った、ね」




   ――その後、ややあって、私たちは、オージャンたちと待ち合わせ、合流する。



 私たちがあの店にいる間、オージャンたちは、名産のチョコレートだとか土産に良さそうなものとかを見て回っていたようで、その思い出話を聞きながらも、ひとまず休憩のために宿に向かうことにした。
  さっき来た裏道――を夜中に使うのは危険だということで、そのトンネル付近をぐるっと回りながらも空港を目指す。

 道中、嬉しそうにお土産らしきチョコレートを分けてくれた女の子に、車さんを渡した。
 彼女が言うには、車さんは『学会の幹部たちがテーブルに女性の写真を並べて、取引に使う人たちのことや、貴重な水色の宝石についてなどを話し合っていた』ということを語ったようだった。
「ということは、嫁品評会に出品されるということですね」
「宝石だけをさっさと渡して、金銭に変えて終わりかと思っていたが――一部の高い純度のものはなるべく長く、奴隷として育てさせるために、市場に売るみたいだ」
「その向こうで、後で加工される、と。原石市場も兼ねていましたか。確かに、加工の仕方で変わって来ますし」
「誰の手に渡るかわからないが……俺たちには、それを買い取れるような大金なんかとても出せないしな、なるべくその前に奪還しないと」
「明日でしょう?」
「あぁ、明日だ、作戦会議は今既に始まっている」
アサヒがいつになく真剣に言う。
「捜査員らしいのもチラホラ見えたけれど、やつらはあくまでも、学会のやつらを引き渡すようにという件を通すのが狙いだろう」
「そ、それで」
私は、アサヒとオージャンの会話の続きを思わず促した。

「小細工をしても仕方がない。此処は正攻法だ。
娘がママを攫われているという件で、捜査をどうにかやつらに絡める。(っていうか、幹部だから絡んでるけど)」
アサヒが言い、オージャンも頷く。
「そうですね、大筋は、それしかないでしょう。変な理由を作っても、どうせ詰められて余計に面倒なことになりそうですし」
女の子も、もちろん同意のようだった。
「でも、どうやって、それを示すの?」
アサヒが唸る。オージャンも、そこまでは言及しないらしい。
 そう、捜査の目を向けさせるように動いてみよう、にしてもどうやって絡んだらいいのかっていうのが重要なところだ。
あのとき、爆破でそれどころじゃなかったし……
「拉致にあった、なんてこの場で示せるものなんかない……」
女の子が俯く。


 せっかく目の前に、ゴールが見えそうなのに、どうしたら良いんだろう……
(何か、方法があるはずだよ。私は、諦めない)



その日の夜は、宿に着いた後も、みんなやけに静かだった。
 



――それぞれが、それぞれに、考え、悩みながら、ただ、どうにかなるということを祈って眠った。