椅子こん!




10.突き合いがはじまる

戦え……恋は病気、恋は戦争だ。/スライム(了)









「起きろ!! 起きろよ!!壊れやがって!!! スライムと!! スライムと付き合って、たんじゃないのか!!!

壊れてんな!!!椅子だと? 椅子に心なんかあったらな、みんな、あんな態度とらないんだよ!!」


なに…………何。
スライムが、なにか騒いでいる……
ぼんやり目を開ける。

「物と! 人の!区別もつかないのか!!」

はっ、と目を覚ますと、私は道路に転がっていた。肩からは血が流れて顔にも泥がついている。
浅い息を繰り返しながら、よろけて、でも、身体に力を入れ、立ち上がる。


「壊れてない! 勝手に私を壊さないで……」

椅子さんは、まだ、輝いたままだった。

────まだ、やれる?

「うん。私、まだ……がんばる」
椅子さんには心がある。
ちゃんと私には聞こえている。
 一体、スライムはどうしてしまったのだろう、スキダを解く気は無いらしい。
心の奥がじわりと痛んだ。
(スライムはそう思っていたんだ……)

「スライムは、ずっと、会ったときからずっと、二人で話してたと思って!!なのに!」

「あ……」

スライムは私が初めてコップと一緒に居たときも私単体にしか興味がなかったし、私が大好きだと言ったときも、スライム自身しか周りに居ないと思い込んだ状態でいて、自分に向けられたと思い込んだんだ!
自己中心的に、考えてしまった。
 お互いに、自己中心的だった!
自分のことしか見えていなかったことを、美化して言い訳してたんだ。
ただの、歪んだ記憶なのだ。
醜く、歪な、綺麗だと必死に肯定してきただけの単なる記憶。


わかってる。

ぜんぶ作り物だとしても、わかってる。
私は、いつも、すべてが作り物のなかに居たのだから。スライムよりは慣れている。


──だけど同時に、だからといって、ここまで残酷なことは私は言わないと思う。

 それは既に、椅子さんの人格を否定している。私が何よりつらいことだ。

「私は壊れてないよ! ……う、わっ!?」

身体が浮いた気がして、見ると椅子さんの身体がふわっと上に向かっていた。
椅子さんの背もたれから白く大きな羽が生え、私ごと浮いている。
改めて意識を戻すと、擦りむいてるらしく、肘や膝があちこち痛い。もしかしたら、椅子さんも気遣ってくれたのかも。

 触手がまだ刺さったまま、スキダ自身の本体、大きな魚の前に向かう。
椅子さんの身体につかまっていた私は、改めて椅子さんに座った。不思議と落下はしない。

 そして────
「告白!」スキダの前に手を翳した。学校でやってる人も居たからなんとなくわかる。
「告白! 告白! 告白!」

 ポケットに入れていたナイフが手のなかで光り出す。少し折れたそれを構えて、スキダの身体、魚の目に向かって突き刺した。擦りむいた肘が揺れて風を感じて染みる……汗が滲んだ。ドキドキと、ときめいているのがわかる。

「告白っ、告白、告白っ────!!」

下で見ているスライムが、嫌だー!!!と叫んだ。

「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だーー!!!」

 触手が僅かに亀裂を広げる。
何か振動を感じてはっと足元を見る。椅子さんからも、触手のようなものが蠢き、スライムのスキダに触れていた。

「椅子、さん……?」

 スライムは必死に執着しているらしく、嫌だ、嫌だ、と繰り返したままだ。
スキダはすぐに傷を塞ぎ、また強度を取り戻し始める。

「聞いてスライム、私、あの日、コップのことが好きだったの!」

ナイフが輝いて、スキダの目をもう一度抉り始める。

────ギャアアアア!!スキダアアアアアア!!?

スキダは悲鳴を挙げてうねうねと身体を捩らせた。

ずっとスキダ───────────!!




「私には、何かを好きになる権利もなかった、何かを触ることも恐れて、何かを視界に映すことすら怯えてきた。
────お触れが出てから、ずっと!!

禁止されてきた。誰とも、話すな、誰とも、笑うな、『あの人』だけ見なさい

────お前は、悪魔だ」


スライムの目が見開かれる。

「物って、おかしいだろ!!!?
それに……え?」

「私は、悪魔なの。
ずっと、生まれちゃいけなかった! 今までいじめられてるなんて嘘ついてごめんなさい。

生れたときから『悪魔』は人と関わっちゃいけなかった。
みんながしているのは、正しい苛め。
市から許可された、私の駆除のための作戦だよ」


 ナイフが抉りとった目を、私はたからかに掲げる。

「だけど────

嫌われることで力を増す。憎まれることで、力を増す。放置して強くなる。

放置して、残酷な心を育てるのが、我が家の決まり。

私は、あなたを殺せる」

スキダがぐるんと方向転換して尻尾で殴り付けようとしたのを見計らい、腕をぐっと引く。

────尻尾に触手が絡まったタイミングで自分の腕を回す。縄跳びの要領で、尻尾に触手がどうにか引っ掛かった。少し意識がずれてスキダが動く瞬間を待っていたのだ。

「私は、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない」

 スキダが身動き出来ずに悲鳴をあげるのを、畳み掛けるように叩く。椅子さんも触手を伸ばして私の腕に加担した。

「コップが殺されたとき、スライム、笑ってた。代わりを買えって笑ってた……私も、そう」

スキダは叫びながら強く身体を揺らした。
身体にぶつかり、痛みに唸る。

「私には、周りが悪魔だった。
────でも、私は悪魔だ。

好かれて、どんなふうに裏切れるか、いつも、考えているよ」


何かを触るのが、うれしい。

何かを、視界に映すのが、うれしい。

「私を好きなことは、誰も好きじゃないことと同議」

うれしいな。

「あなたは誰も好きじゃない」




───────『素敵なコップだね』




 ナイフを引き抜き、脳天に向かって突き刺す。腕が重たい。からだが、重たい。
触手は本体に絡まり、まだ、うまくほどけていないようだ。

 あげて、おろす、それだけの動作がとても、だるい。刃についたスキダが滑る。
研がなきゃ…………
あぁ────私まで、どっか、いきそう。


 ふらつくなかで椅子さんからのびた触手のひとつが、私に向かってきた。

「なに?」
その触手の先から、小さな丸い形の銃が現れる。
こんなものまで出せるのか。

「わ。スキダのこと、私、よく知らないけど…………すごいんだ」
受けとるとずしっと重たかった。

───どうぞ。

「ありがとう」

椅子さんは、何者なんだろう。
今さらまだ聞いてないなと思った
これがスキダの重さなんだ。
スキダを殺すための、重さ。
手が、震えた。
心が、震えた。
けれど、けれどそれ以上に、恋は戦争だ。

「役場が、みんなが、何かを言ったって、私、椅子さんが好きだよ。
『あなたが殺した』コップのことも。

私の意思は、常にみんなが何かを言うためのものじゃ、ないから






私は好きじゃない、




「私は、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない」


何回か、音がして、空が揺れる。
煙が上がった。