椅子こん!





北国に出発!!

計画
一週間経って、私たちのパスポートが無事発行された。

 それから二日くらいした夜中、アサヒに揺り起こされ、眠い目をこすりながら起きて、外に出た。
まだ空が暗い中で私たちは空港に向かった。
  田中さんの逮捕などがあったが、一応、旅行は決行されるようだった。といっても、これは学会の奉仕活動ではない。
オージャンによると、「学会の奉仕活動を待っていると、学会員に警察が潜入してくるだろうから重要な取引だけ先に行っておこう」という方針に変わったようで、その前日に関係者だけ夜中に、それぞれの便で、それぞれの経路で集まるという事だった。
そのあと、特に重要ではない取引を、奉仕活動と同時に行うことで、目をくらます。
取引を分けつつも、どの日にも行うことで情報を拡散するということらしい。
奉仕活動はまだ、あと4日後くらいのようだけど、私たちは重要な取引、の後を追うべく急遽、北国に向かう。

 これはこれで、私たちがもし怪しまれても「えっ、取引? 知らないです、偶然ですねぇ!! 奉仕活動する友達も北国に行くんですよー」
みたいな感じでいける。(気がする)! 
 本当は一緒に行くかもしれなかったカグヤにも内緒にさせてもらった。オンリーの館に行くことや、細かいことについてはカグヤにはほとんど話していない。余計な心配をかけるわけには行かないし、あまり人が増えると目立ってしまう。






44街一番の大きな空港。あちこちがガラス張りで、窓は大きくて、下に、飛行機が見える。真っ暗な夜の空が見える。
 飛行機には恋愛感情はないけれど、こうやって、暗がりで白い肌がライトアップされ、静かに点検されている姿を見ていると、かっこいいと思う人が居るのもわかった。
「うわー! 飛行機って大きいね! これが飛ぶんだね」
「そうだねぇ。あの扉、開いたりしまったりするの、なんかずっと見ちゃう」
女の子と、私は、二人で窓に張り付いた。
「あんまりはしゃぐなよー」
アサヒは、そんなの珍しくねぇよという感じにちょっと冷めてベンチに座っている。自販機で買ったコーヒーを飲んでいた。ブラック!
 ところで……俳優や女優が、画面のなかでコップに口をつけるとき、キスシーンじゃんって、思うと思う。
私もその一人だ。だけどそれを、キスしてるなんて言う雰囲気はなくてみんなのなかに暗黙の了解の雰囲気が漂っている。コップは物だ。物に触るということは少なからず物からも思われているってことになる。それはわかった上で、あえて水分補給なんて言い訳して、好きとは言わない。言い訳をやめてちゃんとコップに気持ちを伝えずに、人間と付き合う人もいる。
私は少し胸の奥がざわざわした。



「ねぇねぇ、あれは、これから飛ぶの? それとも、戻ってきたやつ?」
まぁ、でも空港なんてほとんど行かないし、海外もほとんど行かないし、せっかくなら存分に見ておきたい。
窓の向こうで、飛行機が、地面を走っている。キラキラ、色んなところに灯りが見える。あの夜に見たスキダの光を思い出した。


「どうだったかな……」
アサヒは少しだけ、こちらを向いた。
「戻ってきたんじゃない? あっ、点検の人、手を振ったら振りかえしてくれたー!」
私がはしゃいでいると、アイドルかよ、とアサヒがあきれる。

  確か、時間になったら、搭乗口?まで向かって……あれ、荷物検査があるんだっけ? 金属は持ち込めないはずだから……と、身体のあちこちを確認する。アサヒが、『俺の友達に、昔、ベルトの金具が引っかかって、ズボンを下ろされたやつが居るんだよ。恥をかきたくなかったら、ちゃんと確認するように』と嘘かほんとかわからないことを言っていたから、念入りに見なくては。

「ママ、見つけようね」
「うん」

 女の子と私は、自分たちでボディチェックをしながら、改めて、着いてからのことを想う。
あと、旅行中はアサヒの傍を離れないということも覚えている。
さすがに失踪者を増やすわけにはいかない。きょろきょろ、と周りを見渡してみたけれど、今のところ、ごく普通だ。
 変な人が、「あなた、アーチでしょ!」とかって、迫害の話を始めたりしたら、空の上じゃ逃げ場がなくて怖すぎるんだけど……今のところ、せつは見えない。 
 ようやく自分の迫害される立場、そして気持ちに折り合いがついてきたときに、せつが迫害の話を私の事情に寄せてくるのは悪魔だと罵られるのとはまた違った怖さがあった。私が戦ってきたことが、せつの宗教観になってしまって良いわけがなかった。
 きっとあの様子だと、私がアーチじゃないと、『誤解を受けている私を』否定してもくれないんだろう。
その、『本人すら憤るような』誤解の危害を私に向けられたってなんの意味もないのに、私には、弱い立場に立っての同情をしてはくれないだろう。言ってくれないから、私が訴える以外ない。
(昨日の……なんだったんだ…)
「権力は一時的なもの。環境が変わると無くなるようなもの。とらわれるな」
え?
聞いたことのある声がして振り向くと、いつの間にかオージャンが立っていた。
「それを、あなたたちを見て、実感させられましたよ。」
彼はまっすぐアサヒに、声をかける。
「この前は情報をどうも。スキダの生態調査に役立ちそうです」
「あぁ……」
アサヒは缶を置き、ゆっくりと立ち上がった。オージャンもスキダの生態調査で北に向かうらしい。
「効く薬を作るためにも、まずは生態を知らないといけないですからね。現地で、スキダが宝石になるとどうなるのかだとか、調査したいと思っています」ではまた、向こうで、と彼はカウンターの方に向かっていく。


  ボディチェックや、荷物検査を得て、飛行機に乗る。
一応、席の周りの乗客も確認した協力者、というらしい。
ちなみに今のところは、会長たちは見えていない。どこかに、居るのだろうか。既に乗り込んでいるのか。
いや、そもそも、もっと良いクラスの飛行機で行くのかも……
離陸のアナウンスがあるまでは大人しく座っていることになった。やがてすぐ後ろの席にオージャンとアサヒが座る。私と女の子はそのすぐ横の席。しばらく、外を眺めていると、どこかから聞こえる心地よいゴーという排気音とかで、どうしても眠くなってしまう。モニターに緊急時の脱出のための、空気を入れるベストの説明が流れている。
ね、ねむい……。私の意識は沈んでいった。


次に目を開けたとき、飛行機は離陸するというアナウンスがあった。意外と、離陸するまでに時間が経っているような感じがある。
もう飛んでいると思っていたけど、そのときはまだ空港だったので、ちょっとびっくりする。寝てたから?途中、女の子が声をかけてきた。
「何?」
「椅子さんは」
椅子さんを、椅子に座らせることは出来なかったが、どうにか、頭上の荷物置き場に押し込んだ(いいのだろうか)。
「上」と、小声で言う。
ペット枠じゃないし、でも生きているし、でも、椅子が椅子に座っていいかわからないし、そもそも椅子さんは……
考えれば考えるほど、訳が分からず、でも、パートナーだしな、ということで、思考が停止した。
 しっかし、まぁ、婚前旅行ですよ! たとえ、降りた先でやるのが真面目な捜索だとしても、今だけはテンションがあがってしょうがなかったりする。
「飛行機が浮くと、耳がキーーンってなるから、気をつけろ」
アサヒが後ろからアドバイスをくれる。いや、わかんないんだけど。キーーーンってなんなの!?

そう思っていたら、急に周りの音が聞こえなくなった。身体が、重力に逆らってふわっと浮くような変な感じが数秒。
空港の地面から、飛行機が離れていく。
おぉ……これが、離陸。
椅子さんと飛んだのとは、また違った感じだ。



やがて飛行機は、空に向かって高度を上げ、飛んだ。