こい
「君の両親のことは、残念だったが……」
葬儀、片付け、それらは、ぼーっとしているうちに、過ぎていった。
私は、小さくて、葉っぱで水に浸したお米を、ぐるぐるしたこと以外、何も覚えていない。
真っ黒い、スーツの人が、ある日家を訪ねてきた。
玄関についている呼び鈴を何度も鳴らし、ずかずかと踏み込んできた。
彼は名乗らなかった。
「だが、安心したまえ。生活は、何も、変わらないよ。今のところは、君のご両親の遺産を預かっているし、44街から特別保護という形にさせて貰っている」
「私、もうじき、大人になるよ。そしたら、此処を出て、遠くに行くの。そしたら、44街は、保護してくれないんでしょう。そのとき、私……」
「それは、する必要があるのかい?」
「それは、そうよ! 私だって、いろんな世界を見てみたい」
本当は、ずっと、家に居たら、死のにおいを纏い続けないといけない。
思い出し続けないといけない。だから、外に出たかった。
今から思えば、あの44街が、私を特別保護だなんて、おかしいとは思っていた。でも、何がどう、おかしいのかはわからなかった。
「外に出るってのはね、今じゃどこでも保証人が必要なんだ。君の身柄を引き受けてくれる人が必要なんだ、家だって、仕事だって、旅行だって。でも44街は、そこまではしない。少し費用を出すのが、精一杯だ」
「保証人? 他人に、頼れってこと? この家は、ずっと、接触禁止令が出されているんでしょ? 母さんが言ってたわ。そもそも、なんなの、それは! どうして、みんな、この家を避けているの? 44街が出した御触れのせいなら、それを解除してよ」
まるで、実体のない、影みたいだ。
ふわふわと、他人が居るのか居ないのかわからないまま、お金の封筒だけが、渡される。
行動するとただ、無機質に数字だけが増えるゲームの家みたいだ。44街は、校区内の子どもは学費が一律無料だから、学校には通える。
ただ、じきに学校を卒業したら、本当に、誰とも話す機会がなくなってしまうだろう。
「それは、出来ないんだ。決まりだからね。僕の権限では無理だ。せめて君が不自由しないようにはする」
呼吸をして、食べて、寝て、当たり前の自由がある。しばらくの間は飢えずに屋根の下で暮らせる。
それなのに、なんで、こんなに悲しいのだろう。こんなにも、不自由だと思うのだろう。
しばらくは不自由しないようにするということは、いつそれが無くなるかもわからないまま、ただ、遠くにはどこにも行けないということ。
いつの間にか居なくなった両親も、そこまで稼ぎがあったようには見えない。遺産なんか、たかが知れているもの、数年あるかないかだろう。
「接触禁止令が無かったとして、君は、この家がどうして、隔離されているか知っている?」
「え……」
死ぬ間際の母が、悪魔だからどうのと話していたのを思い出す。
でも、なんだか口にするのは憚られた。
「君は、その人も、巻き込んで、その辛い目を負わせてしまう。
悪魔にはそれだけの代償が必要なんだよ。だから、
普通は、出来ない事だ。それが君が外に出るという事。だけど44街に居さえすれば、何も問題が起きない。わかるかい?」
わからない。どうして、こんなに、不自由だと思うのだろう。
一人で、心細いから?
ううん。一人じゃない。
だけど……
「あなたも、そうなの?」
みんな、こそこそと、遠巻きに、腫れ物にさわるみたいにする。
私が何かしに行くと、必ずそばに代理の人が居る。
受付に物を頼むと、代理の人が代わりに話しかけに行く。
私は、どこにいるのだろう。
私の、役目は、どこにあるのだろう。
ふわっと、身体の中心で風が巻き起こった。
一瞬、自分の周りを駆け巡ったそれを自覚したとき、目の前の黒い人は頭を抱えて立ち眩みのようになる。
「あぁ……此処に……長居は出来ないみたいだ。失礼させてもらう」
よろけながら、ドアを掴むと、彼は一目散に外に逃げ出した。
坂道を駆け下りながら、彼の頭上に浮いたスキダがぐにゃぐにゃと肥大化し、そして、いびつに歪んでいく。
彼はやがて雄たけびのような奇声を上げた。
「ああああああああああああああー------------------------------!!!!!!!!!!!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
突然のことで、私はその場を動けない。
いきなりあんな変貌を遂げるなんて、通常、あり得るだろうか。
「ぁ……悪魔……わたし、が……?」
震えて、思わず顔を手で覆う。
さっき、微かに巻き起こった風……私が、関係あるのだとしたら。
「あ……ぁ……」
わたし、は、やっぱり、化け物なんだ。
驚きと、恐怖で、うまく声が出てこない。悪魔だから。だから、孤独になれて強い子になれと、言われた。
「ぁぁああ……」
44街が隠しているのも、訳があるんだ。私は、居るだけで、誰かを傷つける。誰も、守ってくれない。身元なんて誰も保証するわけない。
それなら、ずっと、44街に居よう。
それなら――私は……
「何うどんにする?」
「やっぱり、キツネかな」
席がいっぱいだったのでレジの横の席に座って順番を待ちつつ、ラミネートされた紙のメニューを眺める。
アサヒたちが話し合う間、どこかぼーっとしていたらしい私を気遣い、椅子さんは触手で頭を撫でてくれた。
「ありがとう」
アサヒが、お前は何にする? と聞いてきて、私はまだ少しぼんやりしながらも微笑んだ。
「とろろがのってるやつがいい」
――しばらくして、入口近くの空いた席に通される。
アサヒは思いのほかよく食べるので、うどんのほかになぜかお好み焼きも頼んでいたようだ。(うどん屋にお好み焼きがおいてあるなんて)
料理が次々と届き、私は頼んだうどんに箸をつけた。外食なんて、ずいぶんと久しぶりだ。
「おいしいー!」
これは箸が止まらない。ずるずるとうどんをすする私に、アサヒが「良かった」と言った。
「何が?」
麺を一旦飲み込んで、私はそっちを見た。テーブルにマヨネーズがあったので、私の目の前に座るアサヒは、意気揚々と落書きしている。
『たこやき』と。(どういうことなの)
「いや、お前なんか沈んでたからさ」
「え……あぁ。ちょっと、いろいろあったのを思い出していただけ」
アサヒはお好み焼きを半分に箸で切り分けていく。たこやき、が分割されていく。
見ていたら、たこやきが描かれたお好み焼きを皿に分けてくれた。
「お好み焼き(たこやき)も、つらいことも、こうやって……半分だ」
「あ。ありがとう」
彼なりに励ましてくれたのだろうか。
うん……私は、もう、44街に縛られなくていい。
自分の意志で、前を向く。
「中身はシーフードかな」
「あっ、いいなー。私も食べたい」
たこやき(お好み焼き)は見事に小さく、小さく3分割されてしまった。
「でも、おなかすかない?」
「いや、ちょっと食べたかっただけだから。天ぷら追加する」
アサヒが食べる分が小さくなったと思っていたら即座に次に何を頼むか決め始める。
その間、椅子さんは、私のすぐ横で待機している。
足下に気配を感じて、椅子さんをチラっと見た。
(結局、椅子さんが人間の身体がいいのか、聞けなかった……)
やっぱり、どんな姿でも、椅子さんは椅子さんだよ。
私に戦う力をくれた。私に寄り添ってくれた。椅子さんと出会って、全てが始まったんだから。
物で良いじゃないと、励ましてくれた。
――この身体は良い。私にも馴染む
――私に見せつけているのか。良い度胸だ
(あぁぁぁー------もう!!! 混乱する…………!)
椅子さんの気持ちが、わかるようでわからない。
だけど、勝手に物静かな性格だと思っていたのは、普段、ガタッしか言わないからだ。これは認識を改める必要がある。
そう、ちょっと、びっくりしただけ。
(怪物にさせずに、会話が出来る人が居るのなら、それが何よりも大事なことで、私にも必要だ)
うどんの汁を飲みながら、深呼吸をする。
大丈夫、丈大夫。『あの昔話』だって、思えば、その片鱗を感じないでもなかった。
ずっと一緒に居ると約束されているのだから。
接触禁止令が出されている、こんな私に、ずっと。
(よくわかんないけど、頑張るぞ!)
「ギョウザさんかぁ……」
一人決意を固めていると、アサヒが呟いた。ぼんやりしていたから思わず肩が跳ねる。
「ん? なんだ?」
ちなみにアサヒはすっかり全部食べ終えている。早い……
「なんでもない。ギョウザさんがどうしたの」
「ギョウザさん、テレビ局のスポンサーとかしてるのって、観察屋の上司に居たギョウザさんなんだよ、俺をクビにした人」
「う、うん……」
「たぶん、あの爆撃のこととかも、知っていて、不都合な情報が出ないように統制してんだろうけどさ……戸籍屋とか関わってても不思議じゃないわけで」
「そ、それで?」
「いや……何となくなんだが……学会の関わる番組から、悪魔の子の情報を流し続ける立ち位置って、誰かに都合が良いと思って」
「せつ……」
アサヒは頷いた。
せつの背後で、ギョウザさんが、悪魔を利用している。情報を統制している。
「そう――クロと、観察屋と、ハクナ。あの家に、代々昔から悪魔と呼ばせて張り付いているということは、元をたどれば、ある程度歳がいっている奴が関わっている。『昔話』を知っている奴だと思う」
せつは学会に入る前は、もともとある小さなカルト宗教に居た子どもらしい。
「北とも関わりがあるような」
「どうして、北が、出てくるの?」
「人を選別して、秘密の宝石の形に変えて、取引している大元が、北国だ。そもそものきっかけが、そこに、恐らくあるんだろう。『昔話』を上書きしようとするような……」
「それじゃあ、ギョウザさんが、『昔話』を出さないために、悪魔の子の宣伝をしている、大元?」
「たぶん。勘だけどな。せつが、お前に成り代わるのに都合が悪い、持っていないものが、その力だ。
だからこそ必死になって神様は居ないとか悪魔の子だとか、変なホラー……『リカ』だっけ、とかを強引に流行らせようと躍起になっている。奴らが都合が悪い情報なんだろう」
ギョウザさんは、北にも現れるのだろうか。
せつは……
「北国は、愛着を持って『チョン』とも呼ばれているんだって」
ふと、女の子が、近くにあったパンフレットを机に広げて呟く。食べ終わったらしい。
緊張が、少しほぐれる。
パンフレットには綺麗な海、豊かな自然、海の幸、チョン鳥の唐揚げなどが紹介されている。
「チョン鳥って、美味しいのかなぁ」
サイコたちが北に居るってだけで、国自体のことはそこまで44街に知られていない。だけど、こんなふうにパンフレットはあるらしい。
「どうかな? お魚も、美味しそうー」
「もう食べ物の話かよ」
アサヒがやれやれと肩をすくめる。
「あなた! アーチでしょ!!!」
突如、知らないおばさんが私を指さした。
「え……」
アーチ……何かできいた気がしたけど何だったか。
店の中がわぁっと沸き立つ。
「カルト宗教の! あの悪魔の事件を起こした娘なんでしょ」
知らないおじさんが、睨みつけてくる。アサヒが小声で「せつのことだ」と言った。
ほとんど街に降りた事すらないのに、どうして私が間違われているんだろう……?
せっかく前向きになったところで、こんなふうに騒がれたくなかった。
「違います」
ふと、上を指さされる。頭上のテレビモニターに『アーチと呼ばれた少女』というタイトルでせつの生放送が映っている。
『みんなから迫害されてきました』
『教祖の娘というだけで、誤解を受けてきて』
首から上だけで、顔が映るわけじゃないけれど、どこか、声が変えられているみたいだった。
「そうだ、迫害っていうのもそっくりだ!」
客の数人が立ち上がり、私を取り囲む。知らないよ、そんなの。
「私、アーチじゃないです! せつ本人に、私が間違われてるって、連絡します……だから」
「いつもそういうふうに誤魔化すんだ!」
「声だって似ているし、髪型も……背格好も」
髪型なんて、変えようと思えばある程度は変えられる。顔を出していないだけなのに、こんなもので印象を操作出来て良いのか。
カルト宗教の娘に間違われると、こういうことになるのか。
「似ていません! 私、せつじゃないんです。アーチじゃありません」
「『あの放送』あれも、アーチだろ?」
誰かが投げたその質問に私は寒気がした。
『あの放送』で、せつの立場が揺らぐと都合が悪いから?
私だって、迫害されていた。居場所なんかなかった。せつだけじゃない。アーチだけがそうなわけじゃない。罠だ。
学会側は、悪あがきで急遽、こんな番組を流して印象をややこしくすることにしたんだ。
「せつ……!! 私はアーチじゃない!! なんで、違うって言わないのよー--!! 迫害されていたなら、それに間違われるのがどれだけ
大変かわかるでしょう!!?
やっと社会的に人権が戻ってきてるのに、こんなの、迷惑だよー---!!!」
わらわらと取り囲まれ、店から逃げ出しながら、私は嘆いた。
「君の両親のことは、残念だったが……」
葬儀、片付け、それらは、ぼーっとしているうちに、過ぎていった。
私は、小さくて、葉っぱで水に浸したお米を、ぐるぐるしたこと以外、何も覚えていない。
真っ黒い、スーツの人が、ある日家を訪ねてきた。
玄関についている呼び鈴を何度も鳴らし、ずかずかと踏み込んできた。
彼は名乗らなかった。
「だが、安心したまえ。生活は、何も、変わらないよ。今のところは、君のご両親の遺産を預かっているし、44街から特別保護という形にさせて貰っている」
「私、もうじき、大人になるよ。そしたら、此処を出て、遠くに行くの。そしたら、44街は、保護してくれないんでしょう。そのとき、私……」
「それは、する必要があるのかい?」
「それは、そうよ! 私だって、いろんな世界を見てみたい」
本当は、ずっと、家に居たら、死のにおいを纏い続けないといけない。
思い出し続けないといけない。だから、外に出たかった。
今から思えば、あの44街が、私を特別保護だなんて、おかしいとは思っていた。でも、何がどう、おかしいのかはわからなかった。
「外に出るってのはね、今じゃどこでも保証人が必要なんだ。君の身柄を引き受けてくれる人が必要なんだ、家だって、仕事だって、旅行だって。でも44街は、そこまではしない。少し費用を出すのが、精一杯だ」
「保証人? 他人に、頼れってこと? この家は、ずっと、接触禁止令が出されているんでしょ? 母さんが言ってたわ。そもそも、なんなの、それは! どうして、みんな、この家を避けているの? 44街が出した御触れのせいなら、それを解除してよ」
まるで、実体のない、影みたいだ。
ふわふわと、他人が居るのか居ないのかわからないまま、お金の封筒だけが、渡される。
行動するとただ、無機質に数字だけが増えるゲームの家みたいだ。44街は、校区内の子どもは学費が一律無料だから、学校には通える。
ただ、じきに学校を卒業したら、本当に、誰とも話す機会がなくなってしまうだろう。
「それは、出来ないんだ。決まりだからね。僕の権限では無理だ。せめて君が不自由しないようにはする」
呼吸をして、食べて、寝て、当たり前の自由がある。しばらくの間は飢えずに屋根の下で暮らせる。
それなのに、なんで、こんなに悲しいのだろう。こんなにも、不自由だと思うのだろう。
しばらくは不自由しないようにするということは、いつそれが無くなるかもわからないまま、ただ、遠くにはどこにも行けないということ。
いつの間にか居なくなった両親も、そこまで稼ぎがあったようには見えない。遺産なんか、たかが知れているもの、数年あるかないかだろう。
「接触禁止令が無かったとして、君は、この家がどうして、隔離されているか知っている?」
「え……」
死ぬ間際の母が、悪魔だからどうのと話していたのを思い出す。
でも、なんだか口にするのは憚られた。
「君は、その人も、巻き込んで、その辛い目を負わせてしまう。
悪魔にはそれだけの代償が必要なんだよ。だから、
普通は、出来ない事だ。それが君が外に出るという事。だけど44街に居さえすれば、何も問題が起きない。わかるかい?」
わからない。どうして、こんなに、不自由だと思うのだろう。
一人で、心細いから?
ううん。一人じゃない。
だけど……
「あなたも、そうなの?」
みんな、こそこそと、遠巻きに、腫れ物にさわるみたいにする。
私が何かしに行くと、必ずそばに代理の人が居る。
受付に物を頼むと、代理の人が代わりに話しかけに行く。
私は、どこにいるのだろう。
私の、役目は、どこにあるのだろう。
ふわっと、身体の中心で風が巻き起こった。
一瞬、自分の周りを駆け巡ったそれを自覚したとき、目の前の黒い人は頭を抱えて立ち眩みのようになる。
「あぁ……此処に……長居は出来ないみたいだ。失礼させてもらう」
よろけながら、ドアを掴むと、彼は一目散に外に逃げ出した。
坂道を駆け下りながら、彼の頭上に浮いたスキダがぐにゃぐにゃと肥大化し、そして、いびつに歪んでいく。
彼はやがて雄たけびのような奇声を上げた。
「ああああああああああああああー------------------------------!!!!!!!!!!!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
突然のことで、私はその場を動けない。
いきなりあんな変貌を遂げるなんて、通常、あり得るだろうか。
「ぁ……悪魔……わたし、が……?」
震えて、思わず顔を手で覆う。
さっき、微かに巻き起こった風……私が、関係あるのだとしたら。
「あ……ぁ……」
わたし、は、やっぱり、化け物なんだ。
驚きと、恐怖で、うまく声が出てこない。悪魔だから。だから、孤独になれて強い子になれと、言われた。
「ぁぁああ……」
44街が隠しているのも、訳があるんだ。私は、居るだけで、誰かを傷つける。誰も、守ってくれない。身元なんて誰も保証するわけない。
それなら、ずっと、44街に居よう。
それなら――私は……
「何うどんにする?」
「やっぱり、キツネかな」
席がいっぱいだったのでレジの横の席に座って順番を待ちつつ、ラミネートされた紙のメニューを眺める。
アサヒたちが話し合う間、どこかぼーっとしていたらしい私を気遣い、椅子さんは触手で頭を撫でてくれた。
「ありがとう」
アサヒが、お前は何にする? と聞いてきて、私はまだ少しぼんやりしながらも微笑んだ。
「とろろがのってるやつがいい」
――しばらくして、入口近くの空いた席に通される。
アサヒは思いのほかよく食べるので、うどんのほかになぜかお好み焼きも頼んでいたようだ。(うどん屋にお好み焼きがおいてあるなんて)
料理が次々と届き、私は頼んだうどんに箸をつけた。外食なんて、ずいぶんと久しぶりだ。
「おいしいー!」
これは箸が止まらない。ずるずるとうどんをすする私に、アサヒが「良かった」と言った。
「何が?」
麺を一旦飲み込んで、私はそっちを見た。テーブルにマヨネーズがあったので、私の目の前に座るアサヒは、意気揚々と落書きしている。
『たこやき』と。(どういうことなの)
「いや、お前なんか沈んでたからさ」
「え……あぁ。ちょっと、いろいろあったのを思い出していただけ」
アサヒはお好み焼きを半分に箸で切り分けていく。たこやき、が分割されていく。
見ていたら、たこやきが描かれたお好み焼きを皿に分けてくれた。
「お好み焼き(たこやき)も、つらいことも、こうやって……半分だ」
「あ。ありがとう」
彼なりに励ましてくれたのだろうか。
うん……私は、もう、44街に縛られなくていい。
自分の意志で、前を向く。
「中身はシーフードかな」
「あっ、いいなー。私も食べたい」
たこやき(お好み焼き)は見事に小さく、小さく3分割されてしまった。
「でも、おなかすかない?」
「いや、ちょっと食べたかっただけだから。天ぷら追加する」
アサヒが食べる分が小さくなったと思っていたら即座に次に何を頼むか決め始める。
その間、椅子さんは、私のすぐ横で待機している。
足下に気配を感じて、椅子さんをチラっと見た。
(結局、椅子さんが人間の身体がいいのか、聞けなかった……)
やっぱり、どんな姿でも、椅子さんは椅子さんだよ。
私に戦う力をくれた。私に寄り添ってくれた。椅子さんと出会って、全てが始まったんだから。
物で良いじゃないと、励ましてくれた。
――この身体は良い。私にも馴染む
――私に見せつけているのか。良い度胸だ
(あぁぁぁー------もう!!! 混乱する…………!)
椅子さんの気持ちが、わかるようでわからない。
だけど、勝手に物静かな性格だと思っていたのは、普段、ガタッしか言わないからだ。これは認識を改める必要がある。
そう、ちょっと、びっくりしただけ。
(怪物にさせずに、会話が出来る人が居るのなら、それが何よりも大事なことで、私にも必要だ)
うどんの汁を飲みながら、深呼吸をする。
大丈夫、丈大夫。『あの昔話』だって、思えば、その片鱗を感じないでもなかった。
ずっと一緒に居ると約束されているのだから。
接触禁止令が出されている、こんな私に、ずっと。
(よくわかんないけど、頑張るぞ!)
「ギョウザさんかぁ……」
一人決意を固めていると、アサヒが呟いた。ぼんやりしていたから思わず肩が跳ねる。
「ん? なんだ?」
ちなみにアサヒはすっかり全部食べ終えている。早い……
「なんでもない。ギョウザさんがどうしたの」
「ギョウザさん、テレビ局のスポンサーとかしてるのって、観察屋の上司に居たギョウザさんなんだよ、俺をクビにした人」
「う、うん……」
「たぶん、あの爆撃のこととかも、知っていて、不都合な情報が出ないように統制してんだろうけどさ……戸籍屋とか関わってても不思議じゃないわけで」
「そ、それで?」
「いや……何となくなんだが……学会の関わる番組から、悪魔の子の情報を流し続ける立ち位置って、誰かに都合が良いと思って」
「せつ……」
アサヒは頷いた。
せつの背後で、ギョウザさんが、悪魔を利用している。情報を統制している。
「そう――クロと、観察屋と、ハクナ。あの家に、代々昔から悪魔と呼ばせて張り付いているということは、元をたどれば、ある程度歳がいっている奴が関わっている。『昔話』を知っている奴だと思う」
せつは学会に入る前は、もともとある小さなカルト宗教に居た子どもらしい。
「北とも関わりがあるような」
「どうして、北が、出てくるの?」
「人を選別して、秘密の宝石の形に変えて、取引している大元が、北国だ。そもそものきっかけが、そこに、恐らくあるんだろう。『昔話』を上書きしようとするような……」
「それじゃあ、ギョウザさんが、『昔話』を出さないために、悪魔の子の宣伝をしている、大元?」
「たぶん。勘だけどな。せつが、お前に成り代わるのに都合が悪い、持っていないものが、その力だ。
だからこそ必死になって神様は居ないとか悪魔の子だとか、変なホラー……『リカ』だっけ、とかを強引に流行らせようと躍起になっている。奴らが都合が悪い情報なんだろう」
ギョウザさんは、北にも現れるのだろうか。
せつは……
「北国は、愛着を持って『チョン』とも呼ばれているんだって」
ふと、女の子が、近くにあったパンフレットを机に広げて呟く。食べ終わったらしい。
緊張が、少しほぐれる。
パンフレットには綺麗な海、豊かな自然、海の幸、チョン鳥の唐揚げなどが紹介されている。
「チョン鳥って、美味しいのかなぁ」
サイコたちが北に居るってだけで、国自体のことはそこまで44街に知られていない。だけど、こんなふうにパンフレットはあるらしい。
「どうかな? お魚も、美味しそうー」
「もう食べ物の話かよ」
アサヒがやれやれと肩をすくめる。
「あなた! アーチでしょ!!!」
突如、知らないおばさんが私を指さした。
「え……」
アーチ……何かできいた気がしたけど何だったか。
店の中がわぁっと沸き立つ。
「カルト宗教の! あの悪魔の事件を起こした娘なんでしょ」
知らないおじさんが、睨みつけてくる。アサヒが小声で「せつのことだ」と言った。
ほとんど街に降りた事すらないのに、どうして私が間違われているんだろう……?
せっかく前向きになったところで、こんなふうに騒がれたくなかった。
「違います」
ふと、上を指さされる。頭上のテレビモニターに『アーチと呼ばれた少女』というタイトルでせつの生放送が映っている。
『みんなから迫害されてきました』
『教祖の娘というだけで、誤解を受けてきて』
首から上だけで、顔が映るわけじゃないけれど、どこか、声が変えられているみたいだった。
「そうだ、迫害っていうのもそっくりだ!」
客の数人が立ち上がり、私を取り囲む。知らないよ、そんなの。
「私、アーチじゃないです! せつ本人に、私が間違われてるって、連絡します……だから」
「いつもそういうふうに誤魔化すんだ!」
「声だって似ているし、髪型も……背格好も」
髪型なんて、変えようと思えばある程度は変えられる。顔を出していないだけなのに、こんなもので印象を操作出来て良いのか。
カルト宗教の娘に間違われると、こういうことになるのか。
「似ていません! 私、せつじゃないんです。アーチじゃありません」
「『あの放送』あれも、アーチだろ?」
誰かが投げたその質問に私は寒気がした。
『あの放送』で、せつの立場が揺らぐと都合が悪いから?
私だって、迫害されていた。居場所なんかなかった。せつだけじゃない。アーチだけがそうなわけじゃない。罠だ。
学会側は、悪あがきで急遽、こんな番組を流して印象をややこしくすることにしたんだ。
「せつ……!! 私はアーチじゃない!! なんで、違うって言わないのよー--!! 迫害されていたなら、それに間違われるのがどれだけ
大変かわかるでしょう!!?
やっと社会的に人権が戻ってきてるのに、こんなの、迷惑だよー---!!!」
わらわらと取り囲まれ、店から逃げ出しながら、私は嘆いた。



