朝ご飯
朝。
オージャンが電話をくれた。
病院地下の霊安室扉の付近で、遺体を運ぶ人から『闇商人オンリーの館』の住所を聞き取ったらしい。
そこは、あらゆる盗品を売りさばくお店で、なんだか悪い人が出入りするという怖いお店のようだった。
メモを取って、私たちに見せた後、アサヒはその紙をジャケットの中にしまった。
「これで、足取りを追う手掛かりが一つ出来た」
ちなみに今、私は台所で朝ごはんの支度中。
アサヒは部屋で荷物を纏めていたところである。
アサヒと言えば少し前、観察屋のヘリ使えば? と言ってみたら、領空って知っているか? と曖昧な回答をされたりした。
(そもそもあれにはそんなに大荷物を持ち込めない)
「いっとくけど! お前ら、向こうでは、俺が居ないときに出歩くなよ」
ビシッ、と指をさされて、私と女の子は不満の声を上げた。
「えー」
「観光、したぁいー」
とりあえず声を上げてはみたが、なんとなく理由は分かってはいた。
「あいつら、特に女を売りさばいてるんだよ。この前も、女が海外を一人旅して、行方不明でニュースになっていただろう」
「……うぅ」
朝ご飯のお味噌汁をよそいながら、私は唇を尖らせる。
アサヒの目は、結構真面目に私たちを心配しているようで、それらしい気迫を感じられた。
誰かを二度も目の前で失いたくないという強い意思が伝わり、なんだか胸が締め付けられる。
復讐のために観察屋に入るくらいの彼の想いが『その感情』を知らない私にはまだ少し、重たい。特に注釈をつけていないけど、アサヒの方が年配で……私よりも人生の年季というか重みがある。反対に、まだ、外の世界を知り始めたばかりの私は、知らないことだらけで、こういうときもどのように受け止めるのが正しいのかわからないままだ。
誰かの死とか何かの破壊は、生まれてから今までも『気づいたら死んでいる』『気づいたら終わった』ものが多かったし……
(私は、立ち合いたかったって、思うこともある。 絶望がわかっているのに)
目の前で、変わるものがあるとすれば、私も変わってしまうんだろうか。
(その痛みを、血を、焼き付けておきたかった、そう、思うことがあるの。私は、泣いてもよかったのか。取り残されたみたいで)
「わかったよ。アサヒの後ろについてくから……トイレとかはどうするの? アサヒついてくるの?」
アサヒが目を反らす。頷いたらそれはそれで困ったのだけれど、アサヒにはなぜかつい、よくわからない事を言ってしまう。
オージャンもそんな感じだったし、そういう電波かなにか発しているとしか思えない。
「さすがにそこまでしない。各自気を付けるように」
「はーい」
「はーい」
あまり困らせても悪いかな、と私たちは素直に返事をした。
「昨日、チケットの予約を済ませたけど、パスポートは、持ってないよな……」
お味噌汁を三人分よそって、一息ついた瞬間に、横から話しかけられ、ドキッ、と心臓がはねた。
これが、ドキッという現象か。
そう、椅子さん。椅子さんと書いた書類が、脳裏によぎったからだ。
「よかったな。『椅子』で、パートナーの書類が通ったから、その割引もある」
「う、ううううううん」
思わず動揺で声が震えた。何回聞いても泣きたくなるくらいに感動的な響きだ。
「ほ、ほんとに、椅子さんで、良いんだよね? 夢じゃないよね?」
「夢じゃないよ!」
お味噌汁を机に運ぶ女の子が、嬉しそうに私の背後で飛び跳ねる。
「椅子さんと、おねえちゃんが、世界に認められたんだよ!」
「やったー----!!!!」
何回目かわからないやり取りをする。何度も確認してしまう。けれど、アサヒも女の子も咎めなかった。嬉しい。
買い物途中にも、通行人に笑われたりすることはあった。人を好きになるのと、物を好きになるのは変わらないのに。
それでもこうやって祝われると、私が信じる椅子さんを信じて良いのだと、改めて、安心する。出先でも笑ってくる人が居るだろうけれど、私は堂々として良いのだ。話をしていたら、部屋の奥から椅子さんがやってきた。
「ガタッ……」
椅子さんたら、買った靴下を気に入ってずっとつけている。
それで、嬉しそうにオムレツを乗せるための皿を、こちらに手渡してくれた。
「あ、ありがとう」
前にも増して、装飾が増えて、どこか逞しくなった椅子さん。
新しい魅力が増えてしまった。
「ガタッ」
「うん。おはよう。椅子さん。疲れてるならもう少し寝ててもよかったのに」
「ガタッ」
用意した朝ご飯を食べながら、パスポートの取り方を聞いた。
「えっと、パスポート申請書、戸籍謄本、住民票の写し、写真、本人確認できる書類……」
話を聞きながら昨日の夜、荷物の整理をしていたら、箪笥の奥から、二人、お人形さんを見つけたのを思い出す。
それぞれの腕の先や、頬に、一滴、二滴ほどだけ紅黒い染みがあったが、至って記憶の通りだ。
なんだか、懐かしくて、お守りに持っていこう、とリュックにいれた。
いつも、私を助けてくれたのは、目に見えない魂たちや、人形さんたちだ。戦うこともあるけれど、基本的に愛おしい存在。
でも、あの頃を思い出すから、今まではあまり思い出さないでいた。
椅子さんが認められてから、彼ら?にも、改めて感謝できるようになったと思う。
「そうだ。申請書は手に入るし、戸籍……は存在するよな? 接触禁止令が拒否されたんだから。住民票も。あとで役場に行くか……田中は居ないだろうけど……本人確認できる書類は」
「保険証とかは、あったと思う。クロが怖くて、ほとんど使ったことは無いけど……」
「まぁいいや。パートナー制度の書類でどうにかなるだろ。とりあえず、写真、撮りに行くとして」
アサヒがテキパキと説明していくのを聞きながら、私はついにやけてしまう。こうやって、自宅でのんびり食事するのも久しぶりだ。
どうせ、旅先では、笑っているばかりではなくなるのだから今だけは幸せでいたい。
「話、聞いてるか?」
「えっ、あっ、うん! 大丈夫だよ。パートナー制度ってすごいねぇ! 個人として、存在が認められるだけで、出来ることが増えるんだぁ! 漠然と、私は、どこからも許可されないから、どこにも行けないと思ってたよ。すごい! みんな、認められて、当たり前みたいに、こういう制度とかを利用しているんだね! 視野が、広くなった感じ!!
こうやって、存在を認めて貰って、それで、旅行したり働いたり出来るんだ。それって、私にも出来るんだ……そっかぁ」
「すごいか? そうか」
女の子は、難しくてよくわからないらしく、黙々と食事をしている。
「アサヒが最初に言ってたのって、こういうことだったんだ! やっとわかったよ。社会に保障されるって、幸せなんだね!!」
嬉しくて声が弾む。なんて幸せなんだろう。こうやって、成長していくのだ。みんなと、同じように、私が存在出来るようになる。
――ふと、目の前が暗くなった。
布の感触が顔に触れる。
ぬくもりを感じる。それ、がアサヒだと気づくのに数秒かかった。強い力で抱きしめられている。
「馬鹿野郎……」
一体どうしたのかと事態が呑み込めないでいるとアサヒの、押し殺したような、震えた声が、頭上から響いた。
「当たり前の制度なんだよ、そんなのは……っ……最初から……最初から! 認められてなきゃ、いけなかったんだ……」
「アサヒ? どうしたの」
アサヒは、何も答えない。泣いているのだろうか。
「もう……大丈夫、だよ。田中さんは、逮捕されたし、学会も……あ、あの。あの……」
どうしたらいいのかわからない!
女の子がどんな反応をしているのかも、椅子さんも、此処からは見えない。
でも、だけど、アサヒは観察屋に居たのだ。怪物に変わる間際のコリゴリも、何かを後悔しているようだった。
そちら側の人たちとしての思うことがあるんだろう。
「ありがとう」
アサヒの背に手を回す。
「きっと、私、今まで目を逸らしてるだけだった……何も言えなくても、代理の人が居る、そういう制度なんだって思って疑問を持とうとしていなかった。だって、私、化け物だから……そう、思ってた」
「そんなことは無いよ。君は、いつだって、私には美しく見える」
「えっ……そうかな、なんか、照れるな」
アサヒの抱きしめる力が強くなる。
「えっ、えっ? アサヒ、なに?」
「この身体は良い。私にも馴染む」
いつの間にか、アサヒの雰囲気が変化していた。顔を近づけて、やけに艶っぽい目で見てくる。
これは、あれだ! え、えっと……!
「わわわわわ…………」
「椅子の姿でいるときには、情熱的に抱き着いてくるのに……」
「はわわわわわわわわわ!!! あの、それはっ、えっと……でも、椅子さんは、椅子だから……アッ、アサヒは、今、どこに居るんですかっ!!」
「あんな奴のこと、今なんの関係がある。お前たちはちぃと、仲が良すぎる。なんだ? 私に見せつけているのか。良い度胸だ。こうやって、体を奪うことも出来てしまうぞ」
「ごっごめんなさい……!! そうじゃなくて! あのっ!」
こういうとき、どうしたらいいの!?
「いっ、椅子さんは、椅子さんの、良さというか」
「魂は、同じだ。どんなものに宿ろうと、どんなところに居ようと、私は、私の魂だ。それが、お前が愛する椅子なんだよ」
「でっでも、私、椅子さんの身体も好きです……よ……アサヒのことは、その、とりあえず、アサヒを返してあげて」
「やー------だー--------喫茶店に、服屋にと、放置されて、寂しかったの」
ぎゅうううう。椅子さんが子どものように拗ねる。見た目がアサヒなのがややこしいけど、それでも椅子さんは椅子さん。
かわいいと思ってしまった。
「も、もう……しょうがないな。アサヒ。聞こえるかわかんないけど、ちょっと、身体、借りるね」
「アサヒがしゃしゃり過ぎたら、こうやって、出てきてやるからな」
「うん、良いよ」
どうすればいいか、よくわかんないけれど、そーっとアサヒの頭を撫でる。
「にしても、怪物にならない、なんて、すごい……な」
アサヒと、椅子さんを、抱きしめる。
スライムの死を思い出す。コリゴリの、最期を思い出す。悪魔の子だと、呪ってみろと叫ばれた日を思い出す。
私に近づく人はみんな怪物になってしまった。殺し合った家族も、そうだった。
「大好き……だよ……」
魂は、抱きしめて貰える身体を求める。還る場所をいつも待っている。
いっぱい、私が死ぬまで、愛すから。だから、
「ずっと、一緒だよ」
朝。
オージャンが電話をくれた。
病院地下の霊安室扉の付近で、遺体を運ぶ人から『闇商人オンリーの館』の住所を聞き取ったらしい。
そこは、あらゆる盗品を売りさばくお店で、なんだか悪い人が出入りするという怖いお店のようだった。
メモを取って、私たちに見せた後、アサヒはその紙をジャケットの中にしまった。
「これで、足取りを追う手掛かりが一つ出来た」
ちなみに今、私は台所で朝ごはんの支度中。
アサヒは部屋で荷物を纏めていたところである。
アサヒと言えば少し前、観察屋のヘリ使えば? と言ってみたら、領空って知っているか? と曖昧な回答をされたりした。
(そもそもあれにはそんなに大荷物を持ち込めない)
「いっとくけど! お前ら、向こうでは、俺が居ないときに出歩くなよ」
ビシッ、と指をさされて、私と女の子は不満の声を上げた。
「えー」
「観光、したぁいー」
とりあえず声を上げてはみたが、なんとなく理由は分かってはいた。
「あいつら、特に女を売りさばいてるんだよ。この前も、女が海外を一人旅して、行方不明でニュースになっていただろう」
「……うぅ」
朝ご飯のお味噌汁をよそいながら、私は唇を尖らせる。
アサヒの目は、結構真面目に私たちを心配しているようで、それらしい気迫を感じられた。
誰かを二度も目の前で失いたくないという強い意思が伝わり、なんだか胸が締め付けられる。
復讐のために観察屋に入るくらいの彼の想いが『その感情』を知らない私にはまだ少し、重たい。特に注釈をつけていないけど、アサヒの方が年配で……私よりも人生の年季というか重みがある。反対に、まだ、外の世界を知り始めたばかりの私は、知らないことだらけで、こういうときもどのように受け止めるのが正しいのかわからないままだ。
誰かの死とか何かの破壊は、生まれてから今までも『気づいたら死んでいる』『気づいたら終わった』ものが多かったし……
(私は、立ち合いたかったって、思うこともある。 絶望がわかっているのに)
目の前で、変わるものがあるとすれば、私も変わってしまうんだろうか。
(その痛みを、血を、焼き付けておきたかった、そう、思うことがあるの。私は、泣いてもよかったのか。取り残されたみたいで)
「わかったよ。アサヒの後ろについてくから……トイレとかはどうするの? アサヒついてくるの?」
アサヒが目を反らす。頷いたらそれはそれで困ったのだけれど、アサヒにはなぜかつい、よくわからない事を言ってしまう。
オージャンもそんな感じだったし、そういう電波かなにか発しているとしか思えない。
「さすがにそこまでしない。各自気を付けるように」
「はーい」
「はーい」
あまり困らせても悪いかな、と私たちは素直に返事をした。
「昨日、チケットの予約を済ませたけど、パスポートは、持ってないよな……」
お味噌汁を三人分よそって、一息ついた瞬間に、横から話しかけられ、ドキッ、と心臓がはねた。
これが、ドキッという現象か。
そう、椅子さん。椅子さんと書いた書類が、脳裏によぎったからだ。
「よかったな。『椅子』で、パートナーの書類が通ったから、その割引もある」
「う、ううううううん」
思わず動揺で声が震えた。何回聞いても泣きたくなるくらいに感動的な響きだ。
「ほ、ほんとに、椅子さんで、良いんだよね? 夢じゃないよね?」
「夢じゃないよ!」
お味噌汁を机に運ぶ女の子が、嬉しそうに私の背後で飛び跳ねる。
「椅子さんと、おねえちゃんが、世界に認められたんだよ!」
「やったー----!!!!」
何回目かわからないやり取りをする。何度も確認してしまう。けれど、アサヒも女の子も咎めなかった。嬉しい。
買い物途中にも、通行人に笑われたりすることはあった。人を好きになるのと、物を好きになるのは変わらないのに。
それでもこうやって祝われると、私が信じる椅子さんを信じて良いのだと、改めて、安心する。出先でも笑ってくる人が居るだろうけれど、私は堂々として良いのだ。話をしていたら、部屋の奥から椅子さんがやってきた。
「ガタッ……」
椅子さんたら、買った靴下を気に入ってずっとつけている。
それで、嬉しそうにオムレツを乗せるための皿を、こちらに手渡してくれた。
「あ、ありがとう」
前にも増して、装飾が増えて、どこか逞しくなった椅子さん。
新しい魅力が増えてしまった。
「ガタッ」
「うん。おはよう。椅子さん。疲れてるならもう少し寝ててもよかったのに」
「ガタッ」
用意した朝ご飯を食べながら、パスポートの取り方を聞いた。
「えっと、パスポート申請書、戸籍謄本、住民票の写し、写真、本人確認できる書類……」
話を聞きながら昨日の夜、荷物の整理をしていたら、箪笥の奥から、二人、お人形さんを見つけたのを思い出す。
それぞれの腕の先や、頬に、一滴、二滴ほどだけ紅黒い染みがあったが、至って記憶の通りだ。
なんだか、懐かしくて、お守りに持っていこう、とリュックにいれた。
いつも、私を助けてくれたのは、目に見えない魂たちや、人形さんたちだ。戦うこともあるけれど、基本的に愛おしい存在。
でも、あの頃を思い出すから、今まではあまり思い出さないでいた。
椅子さんが認められてから、彼ら?にも、改めて感謝できるようになったと思う。
「そうだ。申請書は手に入るし、戸籍……は存在するよな? 接触禁止令が拒否されたんだから。住民票も。あとで役場に行くか……田中は居ないだろうけど……本人確認できる書類は」
「保険証とかは、あったと思う。クロが怖くて、ほとんど使ったことは無いけど……」
「まぁいいや。パートナー制度の書類でどうにかなるだろ。とりあえず、写真、撮りに行くとして」
アサヒがテキパキと説明していくのを聞きながら、私はついにやけてしまう。こうやって、自宅でのんびり食事するのも久しぶりだ。
どうせ、旅先では、笑っているばかりではなくなるのだから今だけは幸せでいたい。
「話、聞いてるか?」
「えっ、あっ、うん! 大丈夫だよ。パートナー制度ってすごいねぇ! 個人として、存在が認められるだけで、出来ることが増えるんだぁ! 漠然と、私は、どこからも許可されないから、どこにも行けないと思ってたよ。すごい! みんな、認められて、当たり前みたいに、こういう制度とかを利用しているんだね! 視野が、広くなった感じ!!
こうやって、存在を認めて貰って、それで、旅行したり働いたり出来るんだ。それって、私にも出来るんだ……そっかぁ」
「すごいか? そうか」
女の子は、難しくてよくわからないらしく、黙々と食事をしている。
「アサヒが最初に言ってたのって、こういうことだったんだ! やっとわかったよ。社会に保障されるって、幸せなんだね!!」
嬉しくて声が弾む。なんて幸せなんだろう。こうやって、成長していくのだ。みんなと、同じように、私が存在出来るようになる。
――ふと、目の前が暗くなった。
布の感触が顔に触れる。
ぬくもりを感じる。それ、がアサヒだと気づくのに数秒かかった。強い力で抱きしめられている。
「馬鹿野郎……」
一体どうしたのかと事態が呑み込めないでいるとアサヒの、押し殺したような、震えた声が、頭上から響いた。
「当たり前の制度なんだよ、そんなのは……っ……最初から……最初から! 認められてなきゃ、いけなかったんだ……」
「アサヒ? どうしたの」
アサヒは、何も答えない。泣いているのだろうか。
「もう……大丈夫、だよ。田中さんは、逮捕されたし、学会も……あ、あの。あの……」
どうしたらいいのかわからない!
女の子がどんな反応をしているのかも、椅子さんも、此処からは見えない。
でも、だけど、アサヒは観察屋に居たのだ。怪物に変わる間際のコリゴリも、何かを後悔しているようだった。
そちら側の人たちとしての思うことがあるんだろう。
「ありがとう」
アサヒの背に手を回す。
「きっと、私、今まで目を逸らしてるだけだった……何も言えなくても、代理の人が居る、そういう制度なんだって思って疑問を持とうとしていなかった。だって、私、化け物だから……そう、思ってた」
「そんなことは無いよ。君は、いつだって、私には美しく見える」
「えっ……そうかな、なんか、照れるな」
アサヒの抱きしめる力が強くなる。
「えっ、えっ? アサヒ、なに?」
「この身体は良い。私にも馴染む」
いつの間にか、アサヒの雰囲気が変化していた。顔を近づけて、やけに艶っぽい目で見てくる。
これは、あれだ! え、えっと……!
「わわわわわ…………」
「椅子の姿でいるときには、情熱的に抱き着いてくるのに……」
「はわわわわわわわわわ!!! あの、それはっ、えっと……でも、椅子さんは、椅子だから……アッ、アサヒは、今、どこに居るんですかっ!!」
「あんな奴のこと、今なんの関係がある。お前たちはちぃと、仲が良すぎる。なんだ? 私に見せつけているのか。良い度胸だ。こうやって、体を奪うことも出来てしまうぞ」
「ごっごめんなさい……!! そうじゃなくて! あのっ!」
こういうとき、どうしたらいいの!?
「いっ、椅子さんは、椅子さんの、良さというか」
「魂は、同じだ。どんなものに宿ろうと、どんなところに居ようと、私は、私の魂だ。それが、お前が愛する椅子なんだよ」
「でっでも、私、椅子さんの身体も好きです……よ……アサヒのことは、その、とりあえず、アサヒを返してあげて」
「やー------だー--------喫茶店に、服屋にと、放置されて、寂しかったの」
ぎゅうううう。椅子さんが子どものように拗ねる。見た目がアサヒなのがややこしいけど、それでも椅子さんは椅子さん。
かわいいと思ってしまった。
「も、もう……しょうがないな。アサヒ。聞こえるかわかんないけど、ちょっと、身体、借りるね」
「アサヒがしゃしゃり過ぎたら、こうやって、出てきてやるからな」
「うん、良いよ」
どうすればいいか、よくわかんないけれど、そーっとアサヒの頭を撫でる。
「にしても、怪物にならない、なんて、すごい……な」
アサヒと、椅子さんを、抱きしめる。
スライムの死を思い出す。コリゴリの、最期を思い出す。悪魔の子だと、呪ってみろと叫ばれた日を思い出す。
私に近づく人はみんな怪物になってしまった。殺し合った家族も、そうだった。
「大好き……だよ……」
魂は、抱きしめて貰える身体を求める。還る場所をいつも待っている。
いっぱい、私が死ぬまで、愛すから。だから、
「ずっと、一緒だよ」



