椅子こん!


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眼鏡とおくすり
 

  女の子が退院して、私とアサヒは無事迎えに行った。椅子さんも私に抱えられたまま嬉しそうだ。
あとは帰るだけだね、と廊下を歩いているとアサヒがふと、何か見つけて、先へとすごい速さで向かっていく。

「めっがっねー--!!」

「オージャンって呼ぶように、いつも言っているんですがね。あと、病院で騒がない!」

アサヒが飛びついたのは、眼鏡、こと、アサヒの親友?だった。

「っていうか、あのクラスが眼鏡ばっかりじゃないですか。賢そうだからとかって、眼鏡ブームで! 僕以外も眼鏡でしたからね!」

「おー、おー、昔、そんなんあったなー。名門大学とか牛乳瓶みたいな分厚い眼鏡したような、こいつマジか、っていう眼鏡も居たよな。
なんだよなんだよ、何しに来やがったんだ?」

はぁ、と、彼はため息を吐く。
 オージャンはすらっとした細身の体躯。揃えられた前髪に、黒縁眼鏡。パーカーとセーターの姿で、いかにも優等生って感じの眼鏡だった。

「こ、こんにちは、眼鏡さん。あの。何か、ご用事でしょうか」
出入り口に向かいながら、恐る恐る挨拶をすると、彼も一礼した。
「オージャンです。バカがお世話になっております」
「俺と同じ学校って忘れてないか? なぁ?」
アサヒが小言を挟むのを無視して、オージャンさんはさっそく本題に入る。

「皆様初めまして。僕は普段は薬の開発などをしているんですけど、例のニュースを受けて、ルートの確保が変わって来そうなことやら、とりあえず会って話そうということになりまして、此処でお待ちしていました」

「そうなの。お薬のこととか、いろいろ、聞かれたよ」

女の子が、穏やかそうに答える。
なるほど、新薬の研究とかなんとかで、患者さんの話を聞くという建前?で此処に居たのか。

「ルートの確保……?」

私が首をかしげていると、アサヒがちょっと寂しそうに答える。
「いくら、44街が認めたと言っても、今でもみんながみんな、『悪魔』のことを恐れていないわけじゃない。椅子さんのことだってそうだ。
なんだかわからないが、スライムのときの、人々の群がりようは普通じゃなかった。せつのことだってそうだ。
わざわざ偽物を用意して、手の込んだ印象操作をしていた。
なんらかの手段で、俺たちを妨害してくるかもしれない。安全に経路を確保しておく必要がある」

「そうなんだ」
 大げさだなぁ、と言いたかったのだけれど、これまでの、付きまとい、爆撃、放火、殺害容疑、などの異常性を見ていると、あり得ないこともない。それに、秘密の宝石……マカロニさんを誘拐した――
 ぼんやり考えていると、なに今から沈んでんだよ、とアサヒの声がした。

「これから出かけるんだろうが。こいつのママも、あのキムの体も、探す、お前が言い出したんだろ」
女の子が、うん、と笑顔になる。
「そうだよ!」

そうだった。沈むのをやめて、浮き上がる。



「リア充め! お前も眼鏡になってしまえー--!!」
眼鏡……オージャンさんが、アサヒの頭をかき乱す。
いきなり、どうしたというのだろう。
「うわーっ、やめろっ! あのダサい恰好だけは勘弁だわ」
アサヒが腕で頭を庇い必死の抵抗を見せる。
学生時代は眼鏡集団の中で、唯一独自のスタイル(?)を貫いて派手にしていたらしく、オージャンはそこがどうたら言っている。
「ダサくない! 眼鏡は素晴らしいぞ! 人の造形に、さらに想像力を掻き立て、魅力を引き立てる至高の――」
そこまで言いかけて、オージャンさんは我に返った。

「……、病院で騒ぐものじゃないな。外に行こう。僕もちょうど、今日の仕事は終わりだ。報告だけ済ませるから、少し待っていてくれ」