椅子こん!




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「残念ながら、大樹を伐採し直接街に用いても、なんの効果も得られなかったことは悔やまれますが……あのときは助かりました」
「壁ごときでは、人類が大樹の防壁の内部に立ち入るくらい出来たこと。元から守れなかったのよ」

 キラキラしたクリスタルの粒子が、椅子の周りで輝く。
市庁舎の周りにクラスターを発生させるべく、それは大気を漂って外へ向かう。


(──どうか……

この、非道で理不尽な接触禁止令のことを──)





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「ハハハハ! お前が生き残る唯一の方法は! 私に愛されることだ!」

 椅子のなかに、在りし日の情景が過る。
椅子が椅子になるよりも昔──まだ大樹だった頃だ。
 小高い丘の上に佇んで街を見下ろしていると、街の門の入り口で男が一人、ある女に絡んでいたのが見えた。

「もはや家も領地も指先ひとつで我が物。
お前が生き残る唯一の方法は! 私に愛されることだ!」

 いかにもそれが格好のいい言葉であるかのように卑劣で残忍な台詞を吐き捨てている。
 状況はどうやら、彼がどうしても欲しがった『宝石』が彼女のなかにしかないもので、その輝きを奪い取ることに目が眩んでいるということのようだった。
 スキダが視認されるこの世界において、
自分のクリスタルと、相手のクリスタルとのつり合い、輝きを見せびらかし権威にすることを考えるものも多く居るのである。
目が眩む、というのも自分にはない輝きをその権威に変えたいという欲求からだった。
 男はなかなかの領家の出で、ごく平民の彼女との身分は大きく違って居た。身に付けている服にもなかなかの勲章のようなものがつけてあった。
しかし彼女はそれを名誉には感じず、ただ屈辱のようにとらえると彼を睨み付けた。

「私は、そこまでしてあなたに愛されたくはありません。 あなたは人を見下している。生きるという権利が、俗物に劣るようなことをよくもぬけぬけと」

 彼女の『宝石』であるスキダというのもまた、その男個人に向けられて輝く類いのものではなかった。淡く澄んだ水色に輝いていて、他の結晶には大抵見られる、重く淀む(よどむ)ような濁りというものを感じさせない。
 しかし他とは違うということは、他とは違う感情を持ち得て初めて輝きを増すということである。
「お前のスキダは、他とは違う! だから、お前しかいない!」

 と言われたところで、それはあまりにも当然のことであり、他と並んで特別にされることがこれに限ってはありがたくないというものだ。

「そう感じられるのなら、『あなたと私は異なる生き物』という意味です! 自分自身に憧れの輝きを見いだす人はほとんど居ませんからね!」

 彼には、彼女が激昂する理由も、言葉の意味もよく理解出来なかった。
 特別とは素晴らしいことであり、自らがそれを認めて誉めているのだ、それを否定するなどと彼のなかにはあってはならなかった。

「どうしてもならぬのか……? 良いのか、家が、土地が、どのようになっても」

「それも困りますね。そういえば、月でしか取れない鉱石があるというわ……それを使うととても美しい耳飾りになると思いますの。まあ月まで向かう方が居るとは思わないけれど、せめて、それさえ見ることが出来れば」
 
 まだ宇宙どころか、ほとんど航空技術の少ない時代にも関わらず、男はわかった、と言って一度帰っていった。
 条件をつけているように見えるが、実際のところは断るところでプライドを傷付け、むきになられるのを遠ざけるためという判断だろう。

「……はぁ、空はこんなに広いというのに、人は皆、心が狭いですね」

 自分自身を含めて皮肉るように彼の背中に呟き、彼女は門の外に抜ける。
 背中まである淡く桃色の長い髪を靡かせ、一目散に丘の方に向かって走ってくると、壁を抜け、大樹の根元に座り込んだ。


「落ち着く──あなたの周りの空気は、なんて清々しく、透き通っているの」

──………………

「良いの。言葉などなくても。私は、ただ、スキダに本当は、美しさ以外の価値があるのではと、そう思います……あなたはその真価のようだわ」


──…………


「ふふ、そう思いますか?
本当は私、あの月から来ましたの」

──………………

「えぇ。本当ですとも。いつもあなたを照らし、守っている────何よりも大きな宝石。誰の浮かべたものだと思います?

人間は皆、あの星たちの、ほんのクラスターに過ぎない」







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