椅子こん!

「……とにかく、本来なら神様で良いにもかかわらず、悪魔の話を広げたやつと、キムの手が発見された流れになにか関係があると考えているんだな」

懐かしい、夢だ。荒れて散らかった部屋。帰宅してまずは朝ごはんとなったあの日。

「身近ななかで私を熱心に悪魔と呼んでいたのは『せつ』だった」

 朝だからだろうか。なんだか家の中の空気が変わった感じがする。そう思いながら、玉子を熱する彼女の声を聞いていた。
バターのいいにおいがする。

「『せつ』 ──今までの話を聞く限りだと隣国が首をすげ替えることを目論んで用意していたスパイ、だったな」

「うん……」

「なるほど、キムのことはわからんが──44街を乗っ取る足掛かりに
組織的に、『悪魔』を利用した可能性はある。
学会を侵食しながら目を付けた獲物を監視し、情報操作をしていた──と。観察屋が今のようになっているのもそれが絡んでいるだろう……俺もいきなり消されかけるし」

「信仰は国家間の関係そのものと密接に関わる、国柄といっても良いものだ。
この国の44街の神様信仰を蹂躙する理由としても、悪、と名の付く悪魔のイメージを植え付ける方が早い、か」


 生まれて何年間もずっと自身の存在自体に確信を持てないでいた彼女は、スライムの想いを否定してやっと自分の存在に気が付いた。

「いろいろ、あったけど、私、嫌いなものがあって、良かった。嫌いなものを否定して良かった。
それだけは思うの。スライムが、ああなったのは悲しいけれど──でも私は、自分の気持ちや、相手の気持ちと、戦って良かった」

「──そうかもな」

誰かを嫌いになるとき、人はやっと、自分を確認出来る。



 女の子が、部屋の奥で何かを言った。
彼女は神棚を見ていた。
「わたしも行くからね。どうせ置いていく気だったでしょう。

戦うのも、北国にいくのもみんなわたしの為の願い事みたいな部分があるのに、なにもできないって、思ってた。
 わたしが、それだけ恐がっているから、自分の臆病なところが目につくのかもしれない。でも、いつまでも嫌いなものが怖い。それが、一番怖いから……」

「うん。行こう」

彼女の目が輝く。
少し焦げた部屋。散乱している紙束。倒れた物。それらを背にした少たち女が、なんだかとても頼もしく、愛しく見えた。