目の奥が熱い。心が痛い。座り込みたい。
だけど、殺す──
『……家具風情が』
声がした。
グサッ、となにかが刺さる音。
背中が不安定に軽くなり、斜めに吊るされたような感じになる。落っこちそうな、不安定な、けれど浮いているのだ。
……もしかして、私を浮かせていた椅子さんが、傾いている?
「椅子さん!?」
ロボットさんは短剣を取り出して椅子さんを貫いていた。
『すっかり油断したが、椅子、お前は殺そうと思って居た』
そうだ、短剣を持って居たのだった。
『安心しろ。うまく使う、使ってみせる。
クラスターを発動! クラスター効果──もう一度、再現だ──!』
ロボットさんが光輝く。
剣を引き抜かれた椅子さんが、ゆらゆらゆれて、ゆっくり地面に降下する。
私も同時に降りていく。
再現って、何をする気なんだ。
「椅子さん、大丈夫?」
──ガタッ。
椅子さんが、元気だよ、と強がる。
さっきと場所は変わっていない。
光が消えてもロボットさんもそのままだった。恐らく、兵器が故障したのだろう。
と、ロボットさんを見上げて気が付いた。
ロボットだった身体が、巨大な人間の姿になっている。.
「さぁ──帰りましょう」
人間──いや、あれは……
やけに窶れて、真っ白な髪をした、女の人だった。長い髪の分け目から真ん丸の相貌が覗いている。空間再現が壊され、機体ごと人形になっているのだろうか。
彼女は勢いよく短剣を振り上げ、再び椅子さんを目掛けた。
地面に立ち尽くしていた私の前で、彼女は短剣を突き刺し、さらに椅子さんの両足を強く引っ張っている。
椅子さんはぐったりしたままだった。
「まずい、足を引っ張られたら!」
私は彼女にしがみつく。椅子さんが分解されてしまったら、椅子でなくなってしまう。
「ジャマヲ、スルナァ!」
彼女は機械声で叫ぶと私を強く突き飛ばした。尻餅をついている間に、椅子さんの足が、ガタリと引き抜かれる。
「椅子が……!」
椅子さんの身体を包んでいた光が消え、ぐったりとただの椅子に戻ると、彼女はそれを投げ捨ててこちらに向かってきた。
光を感じてふと見上げると、遠くのビルのモニターに、なぜか市長が映った。
「ほら、みなさい。物は単なる物。恋などとまやかしですよ」
椅子は所詮椅子だと言いたいのか。
「ふざけないで……」
起き上がりながら思わず呟いていた。
ロボットさんはレーザーを放とうと目に光を蓄え始めている。私を、捉える。
「あなたの思う恋愛ってなんなの!
会話できなきゃ、恋じゃないなら、
好きなひとが喋れなくなったら嫌うってことよね! それこそ人の身体が好きなだけじゃないの!? 自分に疎通してくれる存在が好きなだけ、他人なんか見ていない!」
「──私の……ですか」
張り上げた声に、急に返答があった。
どうやら局地的な生中継らしい。
外の様子はわからないが……
レーザーが向かってくる。
バラバラになった椅子さんを抱えて、私は地面を転がった。
どうしよう、これじゃ、戦えない。
「合体を望むことですよ」
市長が嘲笑うように言う。
合体────
「恋とは、合体を望むこと」
合体……!
それだ!
「椅子さん、合体しよう……」
口に出して見るとなんだか気恥ずかしい。
椅子さんは、何も言わない。
椅子の組み立てかたはよくわからない。
けれど、私が木ならもしかしたら合体出来るかもしれない。
周りを見る。
誰も、いない。たぶん。
そっと椅子の足に口づける。
木の味がする……
人体とは違った温もり。木の特有の感覚。
やっぱり、椅子さんが好き。
「私──椅子さんと、合体、する!」
(2021/10/13/22:16加筆)



