椅子こん!

スライムのスキダが飛んでいく。巨大化しているので、すぐに彼女に辿り着いた。
更に民衆? は更に取り囲むために結束した。
「正しい恋愛が出来ないやつはね、死刑なんだ」

 役場が突っぱねたことからも、椅子に心などないという言葉からもわかるように、彼女は正しくない。
「あんたくらいなら、きっといい貰い先くらい──」
先頭にいるおばさんが話し掛けている。
スライムがまた叫んだ。
「俺から逃げるな、俺から逃げるな、俺から逃げるな、俺から逃げるなああああーっ!」
 どうにか少しずつ人混みを掻き分けて行くと頭から血を流しながらもぼんやり立ち尽くす彼女の姿が確認できた。奇声のような、喋っているような、何かを話していた。
「あ、ああー、ああああー、ああああ? わわわわ、わわー、わわわ? あああー、ああああああああ。ああああああああ」

「言語が……」

 感情は言語と深い繋がりがある。
彼女は、恋愛や、他人を見たことがほとんどないのだろうから、これも恐らくそのためなのだろう。
 生まれたときから彼女の近辺には誰も近づけないように細工をされているらしいし。だからこそ、誰とも付き合わないように生まれたときから自分の内部の情報まで制限してあるのだ。

「わわわわ、わわわわー、わわわわわー」

スキダが触手を伸ばし、スキダ、スキダと鳴き始める。彼女はどうにか避けたらしいが、右腕が捕まってしまった。護身用らしい小さなナイフで、がっ、がっ、と突いているものの、スキダは外れない。
見下ろすように浮いているその魚は、スライムの気持ちの大きさだった。

「息子と付き合わないかい?」
おばさんが嬉々として訪ねる。

「息子とわわわわわわわわわわわわわわ?、あー、あああー、わわわわわわ、あー、ああああ、ああああ?」

理解が追い付かないのか、頭を抱えたまま涙目になっている。

「ねっ、椅子なんてやめてくれよ」

「椅子…………」

「そうだそうしよう椅子との恋愛は認めません!」
おばさんが言うと、まわりがわぁっと沸き立った。あの嬉しそうな顔を、思い出す。
スライムも後ろからこちらへ掻き分けてやってきた。

「スライム、ずっとお前が好きだったよ」

「好き、わわわわ、ああああああー、うわわわわわわ、ああああー、ああああああああああああ、ああああ、あ?ああああああああー好き、だ、っああああああああああああああああああああ?」

疑問符でいっぱいになり、彼女はとうとう泣き出した。俺がみていたときの、快活な様子は見えない。信じられないくらいに弱っている。

「わわ、わわわわわわ……」

「だって好きなんだもん!」

スライムはぴょいんと跳びはねてアピールした。

「あああー、ああああうあああああああああああああうわああうああうああうあうああああああああああああー、ああああああああああああ?ああああああー」

「なーに、ふざけてるんだよっ」

スライムは楽しそうに彼女を小突く。

「す、き? 、あ、ああああああー、ああああー、わわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ」

完全にパニックだった。彼女の腕が変色していく。ナイフは刺さらない。
投げられた石を拾い、スキダに擦り付ける。
スキダは抵抗をやめず、急に全身にトゲを生やしたので、彼女の腕からは更に血が流れた。

おばさんたちからは、笑い声が漏れる。

「ちょっとー、言葉、話しておくれよ!」

彼女は目を回していた。
生まれたときから、誰も近づけないようにされてきた子にこんな風に付き合うだなんだと取り囲むなんてキツすぎる。
さすがに俺にもその異常さがわかった。
スキダはトゲを指して得た血を飲み込むと更に大きさを増した。首の方に這おうとしている。
魚の形から触手が生えて伸ばされている様はグロテスクだった。
潰すには人が多すぎるのだろう。


そもそも誰なんだろう。生まれたときから、誰も近づけないようにしたやつは。

今になって、なにも知らせずに、恋愛条例の渦中に置いたやつは。


人並みに交流が許されていれば、こんなことにもならなかったかもしれない。

 彼女は最終的に叫びだした。
スキダが離れないし、役場は認めなかったし、民衆は自分勝手に恋愛を押し付ける。
スライムが近付いて行く。


「ああああああああー! ああああああああああああああああああああああああああああー!!」

周りからは告白コールが沸き上がった。



「告ー白!」
「告ー白!」
「告ー白!」
「告ー白!」

「告ー白!」


固定された方の腕を自らの方にぐい、と引っ張ると服の肩口が大きく破れた。露出するのみになった衣服には目もくれず、彼女は頭上を見上げる。

頭上。
ヘリコプターの羽の音がする。
パタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ…………


「観察さん、だ!!!!

恋愛を正しくできないから殺しに来たんだ!!」