「ねぇ、椅子さんって、どこから来たんだろうね?」
「どこから、って……空からじゃないのか」
「そうだけど……ふふ、空、か」
「なんだよ、いきなり笑って」
「私ね、アサヒのこと嫌いだった」
車の荷台に揺られながら、私は言う。頭上を風が吹き抜けて、日差しがじかに降り注いでいるのはオープンカーにも乗らない私には、なんだか新鮮だった。
アサヒは隣で、どこか穏やかそうにしていた。けれど腕に巻かれた包帯だけが、やけに痛々しい。
「観察屋のことも、届けくらい出してあとで好きにしたらいいって、代理を簡単に申し出るところも、好きな人が居るところも、みんな嫌いで、妬ましかった」
「私にはそれが出来ない、戦って、殺して、追い払って、毎日逃げてもがいて、
なにかを思うだけでも一大事で、選ぶだけですごく大変なことだった」
「…………」
「それなのに全部、全部、否定してくるみたいで、簡単なことみたいに言うから、一緒に居ると、なんだか訳がわからなくなりそうで。あまり、考えないようにしてた」
「──ああ」
「でも、みんなにとって、一時の感情、その程度の、ものなんだよね。アサヒだけじゃない、みんなその才能がある」
「……当たり前じゃ、ないんだよな」
「犠牲を払わなくて、戦わなくていい、ただの、思考の一過程、一瞬なんだ、だから、簡単に差し出せる」
「だな」
「──さっき」
「え?」
「ううん、あの……私ね、月と大樹の子なの」
「……あぁ」
「いつか──身体が、少しずつ、木になると思う」
「え? 木って」
「木。ゆぐどらしる?とか、あるじゃない。あんな風に大きな、木」
「…………そうか」
「だからかな、椅子さんの身体──木を、見ていると、なんだかすごく暖かくて、懐かしい気持ちになる」
「──」
「もしかしたら、椅子さんも、『同じ』だったのかな」
「あいつが、人間だったって?」
「わからないけど、無口であまり表情わかんないのに、なんだかちょっと、人間味あるし」
「……なんかわかる」
──自分も、木や椅子さんと同じなんだって思ったら、この気持ちがちょっと、理解出来た。
私は、ただ──人間じゃなくたって、
物のことを好きになることだって、認めて欲しい。迷うこともあるけれど、きっとこれは本当は種族の隔てなく存在する感情。
木のことも、物のことも、結局のところは、 人を好きになるのと変わらない、誰かの大切な気持ち。
うまく言えないけれど、人間だけじゃなかった。
それをわかって居たのに、みんなはそうじゃなかった、まるで居ないみたいに私にしか関わらなかった……ううん、そうじゃ、ない、私は結局、人間じゃないものを、周りが認めていないものを愛して良いのかとどこかで戸惑って、恐れて居た。
(けど私はずっと──その全てに、支えられて来たんだ)
「椅子さんが木だった頃も、見てみたかったな」
「お前も、そう、なる、のか」
アサヒが少し複雑そうに言うので、
私は頷いた。
「いままでは、そこまでじゃなかったんだけど……枝が自在に伸ばせるようになってきたの、つい最近なの!」
「なんで、そんなに、嬉しそうなんだよ」
「好きな人と、おんなじだよ! えへへ、なんか、楽しいじゃない」
「笑い事なのか、全身が木になったらからだが動かなくなるんだろ?」
「でも、まだ、ちょっと先のことだから。
それに、そしたらきっと、みんな──スキダの実体化に悩まされずに、幸せに暮らせる、よね?」
「そしたらって、なんだ」
「アサヒが、私を、街の、一番高いところに植えてね」
そんな、気がする。昔は街に大きな木があって……それで、今みたいな44街じゃなかったんだと思う。
「それか、私も、家具になりたい。きっと、戦えるよ」
この身体、で居るのはどこか寂しかった。いつか、やっと還れるならそれも悪くない気がしている。それにこれからもずっと椅子さんが一緒に居る。
誰にもあるべき姿がある、それだけだ。
アサヒは何も答えない。やけに、なにか、考え込んでいるみたいだった。



