椅子こん!

 



 道路の片隅で目を覚ました後、道をふらりと歩きながら、せつは考え込んだ。
 どうも、自分だけと思っていた悪魔に知り合いが居るショックは予想以上に大きく、気が付いたら意識を失っていたらしい。

──疲れた頭がやけに糖質を欲しがる。
刺激のある食品が苦手なせいで、脂質、糖質といった表示はよく気にかけている。
(帰ったらなにか、食べないと)
疲れるくらい考えるのは、やはり悪魔について。
「あー、なんで間違えたかな、彼女が私以外の友人を作る前に殺しておくんだった」

 何度も言っていることを何度も呟く。
間違えた、また間違えた。
悔しい。
「椅子と届けを出すなんて予想外だったな」
 せっかくイメチェンし、性格を合わせて、話題も私に似合うようにアレンジしてみんなに言い聞かせて、私に合わせて性格を変えて、悪魔に合わせて生活を変えた。
スパイとしては結構頑張っていたと思う。
それでも、自分は彼女ではない。
それくらいわかっている。

「はぁ……チヤホヤされたいなー? クビかなあー」

 ひとまずは家に帰ろう。
せつは、宿舎の他に仲間たちと短期間で借りた家やホテルを移り住んで自活していた。 
 これはかつて、彼女も所属させられていた教団がテロを起こしたことに由来する。
 それなりの規模だったのでいまだ後ろ指を刺され、悪役の印象がつき、同じ町にずっと居られなかった。
 先ほど、悪魔に圧力をかけようと放送が指示されたらしく、ビルのあちこちでモニターに人だかりが出来ている。

「良い気味ね」

 一部の国においては、『敵国に打撃を与えた』として英雄さながらの扱いもされており、彼女らがたとえ拒否しても支持するむきもまだあった。
仲間、支持者たちは言わなくとも彼女の為を思ってあれこれ気をかけてくれる……

今も、そうやって大きな働きかけがあったのだろう。
それが、嬉しい。

(──だからこそ、やめてとは言わない)

彼女は自分に比べれば随分マシだ。

「……ふう」

 ふらりふらりと、帰路につこうとしていたせつの端末がポケットから着信に震えた。
「はい」

『あ、アーチさん? 万本屋を捕まえました』

どうやら拐って来たらしい。
彼女は薬品関係の取り締まりだったか。
『テロに関わること、あの殺人事件を口にされそうでしたので──』
「ふん、良いわ、じゃあ私にしばらく万本屋北香をください」
『え?』
「どう?毒薬を作る助手くらいにはなるんじゃない?」
『パシリにするということですか……しかし──』
「あー!
本当は私女の子が好きなんだよね。
結婚したり子どもを生んだら、また教団関係がややこしくなるから嫌だし……万本屋は美人な方じゃない? 」

『北に、流してしまいました』

「……早く言いなさい」

拉致は久しぶりだ。
別に珍しいわけではないけれど。

『公衆の面前であのテロの深部に関わる話をしようとしたのだから、仕方がなかったんですよ』

「まあ、そうか、仕方がないね……」

せっかく、強引に手を組んで、
あの日、私が追い出され悪魔のフリにすら役にたたなくされた名誉を回復しようと思っていたのだけれど、仕方がない。
我ながら、悪魔だな──と思う。
本当の悪魔は、自分のこの思考かもしれない。