44街の人々
街が、燃えている。
「致命的なミスをヤラかしたようだぞ。
めぐめぐに関する内容、悪魔の子に関する内容に、監視や盗聴している人しか知り得ない情報が入っていた!」
「あいつらやりやがったな!」
「だな! ついに学会の本性出てきたー!」
逃げ惑う街の人の群れの中、こんな状況にも関わらず、何人かの民が嬉々として騒いでいる。その手には少し前にカグヤたちが配っていたチラシがあった。
いつものデモ内容の下半分くらいからは、盗撮・盗聴されていませんか、という信じがたい内容がある。
悪魔の話を聞かされたときに、こっそりと彼女たちが狩りの合間合間で配布していたものだ。それには、めぐめぐの生活に関することも急遽書き足してある。それだけでなく、学会の中でも熱心な信者だったカグヤの祖母が亡くなったことは、薄々知れ渡りつつあった。
そして誰かが何か言ったわけじゃないのに、新たに発売された『新刊』の内容は、『戦い』──彼女たちが伝えてきた現実、に酷似している。
これは44街の民を舐めていた創作者による「面白いネタだったからそのまま入れた」がそのまま本人に跳ね返った形で、内容が内容なだけに製作時に既に監視があったことを読者に思わせられずにはいられなかった。
──そして極めつけに、あの放送が44街中に流れた。
この反響は彼女たちが考えていた以上に大きく、とても簡単には揉み消せない流れとなりつつあった。少なくとも、裏に生活を脅かそうとする何かが起きていることに皆が気付き始めている。
『これから、きっと何かが起きて、それに学会が焦って、大きな動きを仕掛けて来ます。条例に当てはめられなかった人達を、
無理矢理封じる気です。
──私たちは生きています。
それなのに、特権階級を生かす為だけに、消されそうになっているのです。
今までも、誰かのその犠牲の上に居ます。
私たちは、幽霊でも、悪魔でもありません。生きて、今もずっと、戦っています』
「世論は学会に同情するどころか、やっぱり迫害をやっていたじゃないか? という疑惑が再燃中らしい!」
青年が、なんだか嬉しそうにチラシを握りしめる。女性が遠くの火柱を見上げながら気まずそうに笑った。
「えー、あの作家好きだったのに……」
──街が、燃えている。頭上をヘリが飛んでいく。
今日は速報が絶えない予感から、一日中あちこちでテレビやラジオが活躍し、一斉に端末やビルのモニターを見ていた。
まるで終末だ。あちこちで崩れた家から埃が舞い、煙が喉や目に入ろうとするので、逃げる人々や野次馬は時折咳き込んだり目を押さえている。
それでもほとんどの人々は困惑しながらも端末やモニターを睨むのみで44街に留まっていた。そもそも、なぜ、なにから、どこに、逃げるというのか。なにもわからない。
指針がない。
そのすぐ側では、電気屋ビルのモニターが、ニュースを大音量で流す。
「えー、緊急ニュースです。
総合化学会での内部分裂が行われています、
ただいま、44街のあちこちで放火テロが発生──これは学会の過激派組織、『ハクナによるもの』と見られて……」
街中に広がる、ハクナという不穏分子の名前。ハクナはテロの主犯、内部にはかつてもテロを行って居た●●教から流れて来た人が居る。特集で次々に語られる、内部の裏話。
突如、画面に会長のアップが映る。
「ああ、まさか、こんなことになるなんて。
我々も今ハクナを鎮圧すべく、情報を各所に提供し、動いています。必要な物資、支援について───」
追い込まれた会長の苦肉の策。
それはハクナのみを悪役にして、ヒーローになることだった。学会と言われてもそれだけでは民にはなにもわからない。
ほとんどの人々にはみんな同じように見えるともいえる。
今、こうやって会長の惜しみ無い支援により、街の混乱が多少は抑えられていることからも、それなりに効果的な策だった。
暴力的なハクナを排除して、
あたらしい、平和な学会を目指そう!
そんな空気が会長の周囲を満たす。
ただ、一時的に矛先を逸らしても会長、が会長であることには変わらない。
──なぜもっと早く対処できなかったんだ?
責任をなすりつけるため?
保身目的で先伸ばした?
対処発表しか潔白の道がないアプローチを仕掛けてしまった。部下の失態で5年も6年も処罰にかかったあげくテロに発展するなんて、適当なごまかしはもはや通用しない。
言い訳を考える時間稼ぎが必要だった。
まずは、功績を発表し、活躍のアピールだ。あとから、付けたしはいくらでもできる。名誉を守りたいなら発表。時間の使い方が鍵になる。



