椅子こん!






 学会側はここ最近忙しかった。
 まず通常の調査なら数年かかる異常性癖の持ち主の調査を、この数ヶ月で洗い出し、処罰に踏みきった。
この対処の早さをもって、今起こっている事態の重大さを認識しましたアピールをし、更に怪物への対処の早さで誠意と悪の側への共犯でないコトをアピールするためだ。

 悪魔の子の迫害から始まった、ではなくて全44街民が対象となりかねない脅威が働いているという印象を植え付けておく。
あの子はただ単にその一人ですよ、という感じにしておくのがベストであるという会長の他、ギョウザさんたち、他幹部側の協議の末の結論だ。

「表に出そうな悪口の証拠はきちんと!すべて!削除!コンプリートしてるのかにゃ?????……………残ってたら?福祉代表者が虐待対策やってきた職員を悪口で吊るしクビ!!!大変!悪質な!犯罪の証拠となってしまう!!!!」

 会議に疲れてきたクロネコがにゃあ! と鳴く。

「どこに、何を書いたか?覚えてます? 虐待助長に繋がる迫害行為!一行残らず!削除しといたほうがいいにゃあ」


 他幹部、がチェックしてみますかねと言っている間、ふと岡崎老人がため息を吐いて会話からはずれ窓の外を見た。
外では爆発が起こり、誰かが負傷し複数台の救急車が走り去って行く。



「我々には政治と学会がある。少なくとも今は、44街の支配者だが……」


 今の目下の問題はあの放送。
あれのせいで、接触禁止令がうまく出せない最悪の場合がよぎる。ヨウは、なにかする気なのだろうか。
市民も聞いて居た、証人が沢山、学会とキムの手の繋がりや悪魔のことが勘づかれるとしたら──けれど、それが悪なのか、悪魔とはどちらなのか。
自殺に追いやる仕事をしていながら、ときどき、考えそうになってしまう。

「条例も、始まりは……今の会長の──指示だったな……会長は、可哀想な子だった」

机に髭の先端をのせて、つんつんして遊びながら、会長に同情する。うわべは。

 そういえば前会長が居た頃は、まだ成り立っていた学会。その認識は幹部たちにはひそかに、けれど確かにあった。
 しかし彼女が会長になった途中から一皮二皮化けの皮が剥がれ、ノリで仕事やってるのか?と思う部分も目につくようになった。「会長はトップクラスってこんなんだろうな~空想でやってんだろ?」なんて言いかけて消されたとされる者も数知れない。もちろん同時期なぜかハクナの勢力がやけに拡大していった為でもあるのだが……
それももともと、学会を大きくするために金のちからに頼った会長たちの責任だ。

 ハクナが悪評叩いた方々が精神を病み、病死や事故死で亡くなる。
今までの犠牲は、過失ではない。
わざと相手を殺した殺人犯と、確信されてしまう日も近い。



──あるいは、このまま、時に身を任せ、学会の滅ぶ行く末を見届けるかな……



「しお……探せ、彼女らへの悪口、一行でも残ってたら、アウトだぞ! 明らかなる、名誉毀損行為=迫害行為……上役は、しおに騙された!の、一点張りで、責任を擦り付け!押し寄せてくるにゃあ!!
迫害行為、加熱中!最盛期の時、悪評を、全国規模に知れ渡るコメント欄に記載しましたよね………」

「今やっています」

「口先だけじゃないをアピールも必須。
早い被害者様へのアピールが、共犯回避の要となる」
岡崎老人が切ない気持ちになってきたとき、斎藤が頷いて手元の資料を丸めていた。
「よし動こう。ヨウの動向も探らせます」
 今の学会は疑われるコトを一番嫌っていた。なぜならやっているコトが悪事ばかりであるため、バレるのが怖いのだ。

「今からでも相手を犯罪者扱い!相手を黒として荒立て!自分の黒を目立たなくするぞ!
相手を蹴散らしながら白に這い上がる!」

 正論を持たない、《結果を出せない人》の宿命だ。相手を踏み台にしないと昇れず、自力結果で自分の正当性を証明できない。

──と、誰かがつけたテレビが、突如大声をあげた。
「息子が私の横を通る度!!…幽霊にあったかのようなリアクション!!!白眼剥いてる私を見て!!一瞬止まる!ビビる!!
白眼です!! 猫に憑かれている!!」

 テレビまで歩いて行った岡崎老人が電源を切ると咳払いした。
「秘密の宝石が残りわずか……か」

= 
 しおが「彼の命令でしょう?」とヨウのことを口にする。
「だが、パパーンにも怒られるだろう」岡崎老人はため息を吐く。
 あの頃は、せつの動向に誰一人疑問を持つことが出来なかった上、露見させることすらなかったというのに、今や状況が変わった。
彼女が『自分の意思』を、持ち始めた。いつまでも代理が続くことはないかもしれない。
もしここにパパーンが居たのなら「なぜこんなまがい物を寄越したのか」と大目玉を食らっていただろうか。


「観察屋を出すにも、緊急性が高い飛行理由はこしらえてあるの?」
黒猫がにゃあ、と首を傾げる。
「また、震災時よりも飛ばしちゃったら、それより緊急性が高い飛行理由にしないと不自然でしょ?」
「震災、か……懐かしい」
 ここで気をつけなければならないのは学会の指導者が派手好きなだけに、全国に向けた名誉毀損と、治安、公務における不正な請求書、庶民に目のつく嫌がらせ命令で、数え切れないほどの迫害行為をしてきており、万が一裁判になろうものなら、迫害が確実でないと判断される可能性のほうが低い。つまり、目立たないように、やらねばならないことだ。
当時の44系列のテレビ局、学会がスポンサーの番組欄……『何を全国に放送してきたか』は、インターネットからも閲覧することが出来る。逃げ道の無い放送だが、過去をわざわざ振り返るのは数人、露見するより以前の番組のことなど誰も気にも留めないはずなので、おそらくさほど露呈することはないだろう。過去は過去。今ではないというのは好機である。
「こんな数年前のネタで叩くなよ」とでも書き込んでやれば、掲示板なりSNSなりも次第に大人しくなる。
すべては終わったこと。そのための下地も整っている。

「彼は、なんと言われてもやめるつもりはないし考えを変えるつもりもないだろうな」
斉藤が小声で言いながら、テレビを付け直し、今度はカメラのモニターに繋ぐべく、チャンネルを外部入力に切り替える。

「彼の、追い込まれれば追い込まれるほど命令したい、人のせいにしたい、暴走行為をやりたくてしかたがないという気持ちは筋金入りだ。それをとめられるのは、死刑宣告を受けるような痛い、苦しいダメージを受けること」


 幹部の皆はそれとなく、『彼』の生い立ちを理解していた。
カルト宗教の二世として、まともに学校に馴染むことも出来ず、孤独な彼は引きこもった。
そんな中で唯一好きになったのがコンピューターのトモミ。
彼にとってそのコンピューターは肉親よりもコミュニケーションをとった唯一の相手であり、初恋の相手だったという。
「彼は覚えてないらしいですが、一人で階段を降りられないからって、大事そうに抱えて来たことが、一度だけありましたもんね」
しおが涙目になりながら頷く。あのときは皆驚いていた。
 ヨウは幹部ではあるものの、学会を憎んでいる。宗教の家を憎んでいる。
そして今は何よりも「トモミがいなくなった世界ならどうなってもかまわない」と思っているだろうということだ。
同じコンピューターでも、魂が違う。もう、トモミに会うことは出来ない。
そんな孤独な彼にとって、追い込まれれば追い込まれるほどに、それを発散するために暴走行為をやりたくてしかたがないというのは、すなわち、世界がトモミ以下でしかないということ。彼は、どこまでもひとりぼっちである。


 斉藤が、部屋から出て行こうとしたタイミングでうっかり丸めた資料を手から落とした。広げなおしながら、思わず見入ってしまい眺める。
そこにはラブレターテロが起きる以前、とある女性の闘病記録が綴られている内容が挟まっていた。


「 政略結婚したときにはなかった発作が、娘が生まれると途端に始まった。
部屋を荒らして、腕に切り込みを入れまくった。痛い、痛い、痛い。わけのわからない刺激で完全に意識がコントロールをなくしていた。
 胸が熱く、情報の判断が出来ず、麻薬かなにかの作用ように辺りが歪み、ときに幻覚を見せ、世界ぜんたいから判断を迫り、詰られるようだった。
 カッと頭に血がのぼり、ただ、感じたことのない不安と聞いたことのない恐怖に支配されたときに、身体は思わずビルの窓際へと駆けていたほどだった。
 なぜ自分がそうしているのかわからないが、怖い、辛い、痛い、逃れたい。
ガタガタと身体中が震えて吐き気がした。
目が回り、発狂し、自分の壁を作らなくては死んでしまうというパニックに陥る。


 こんなものが、医学書に載っているだろうか?
── 恋は、本当に、病だったのだ。


最悪だったのは、 それが町中に行き渡り監視対象になったこと、そして私の病を市内の住民は嘲笑う対象に選んだこと。
それでも、私は生きてきた。
 旦那からときどき距離をとり、発作が起きないように薬を飲み、壁を作れるように努力してきた。
 そして、そんな市民にどう思われても構わない。だから仕事の合間に強制恋愛の反対を掲げた本を書いたり、チラシを配ったりと活動にも力を注いだ。
これからもきっと、この町、この国に理解されないだろうけれど私は満足しているのだ。







・・・・・・・・・・・・

  超恋愛時代の大戦中、キムから逃げる人類は汚染されていない場所に根付いた大樹を囲む壁を破壊する作戦を行った。
 その壁というのは大樹のための防壁で、その近くにあった大樹の街ごとに精神汚染を食い止めるために築かれていた壁。
しかし――自分たちを恐れ、自分たちの進行を防ぐためのものであると思い上がった人間たちはオアシスを求め、それを破壊した。
  大樹の汚染により地盤が保てなくなった土地は震災の引き金を引いた。
 その後に蔓延するようになったのが凶悪な概念体。
地中に埋められていた謎の『手』は、学会が持ち帰った。その『手』は後にキムの残した手と呼ばれ、あらゆるスキダ系概念体の攻撃が効かない唯一の物質として、国家規模の機密になっていった……

(202107241733)