椅子こん!




  夕方、アサヒたちがカグヤの家に着く頃、ちょうど一台の黒い車から男が出てきたところだった。
「あぁ──なんだ、カグヤに用事か?」
「はい」
 みずちたちはそれぞれ答えたが、内心は混乱していた。ここに男が居るのは、カグヤの祖母──つまり男の母?が亡くなるわけだから当然かもしれないが、それにしたってこんなタイミングで会うとは思って居なかった。がらがらと引き戸を開け、男が帰ったぞと中に声をかける。
「カグヤ! カグヤ!」

 カグヤは居るのか居ないのか、すぐに姿をあらわさなかった。
みずちが端末を確認すると確かにカグヤは帰宅するらしかったので、なにかあったか、はたまたなかでなにかしているのだろうか。玄関に靴があるものの、今日履いていたものかはわからない。

「アサヒ──と言ったな」
男は唐突にアサヒを見下ろして薄く笑った。そして、玄関の内側にみんなが入るよう手招きする。
みんなはおそるおそる中に入った。

「コクったか?」
男は至って真剣に尋ねた。

「──え、っと、コクるって……」
アサヒはわけがわからず、ただなんとなく気圧されて目を泳がせる。

「あのお嬢さんだよ」

「──っ、いえ、あの、なにを、言いたいのか……さっぱり」

「10年ほど前から──あのお嬢さんの家は悪魔と言い触らして、44街が直々に「悪魔の住む家に他者が近付かないように」とお触れを出した。そして今もなお、お前ら観察屋やハクナが徹底的に監視している」

「──さっきから、あなたは何を知ってる? どうして俺が、コクるとか、気にする──!」

「今はああやってひっそり暮らしているが、昔は家族が居た。
母さんも、美人だったなぁ……今は各地を点々と飛び回りながら忙しくしているらしいが……」

「あの、聞いてますか!」

こほん、と咳をして彼は仕切り直す。
「コクる、に関わる話だよ。お前も、あれをみたな。怪物を」

「怪物……」

「そう、怪物。スキダは──ときどき、怪物になる。元々、我々が作り上げてしまった強い怨霊のようなものだが──何年にも蓄積され、力が強くなって一般人に視認されるほどのものとなり、今日まで至っている」

「────」

「そもそもは、やつらは昔から居てな、生まれられなかった自分たちの肉体を必要とした。
『理解者』を──神を、必要としてやってくる」

「……それが、コクる」

「だから心に穴の空いた人間や弱い人間に取り付き、ただの雑魚スライムですら、彼女を愛そうと狂暴にしてしまう。

──それはスキダの『生きたかった』執念、呪いをそのままかぶり皮肉な道化を演じ、コクって、狂ってしまうからだと、言われている」

「そうだとするなら、一体なぜ──孤独を愛するんじゃなかったのか」

「『お前が幸せになるくらいなら』自分が彼女を愛する方がまだ孤独がわかる、ということかもしれん。
奴は多分、幸せなまま、幸せになるやつが許せないんだ……」

「だから……コクって、身体を奪うと……?」

アサヒは考えた。そうだろうか、そうかもしれない、けれど、どうなのだろう、わからない。

「あぁ──弱い器は、妬みや面白がって、簡単に破壊してしまうというわけだが──ここ数日の観察に、お前はずっと彼女のところに入り浸って居た……それなのに、なぜ、凶暴化していない?」

 頭が、痛い。なんだか変な感じだ。身体の内側が、ふわふわと、平衡感覚を失ってるみたいに、回る、目眩の一種だろうか、とアサヒは彼の話を聞きながらもなんだか頭を押える。怪物? 俺が?
器?

 なぜ怪物になる必要がある、そういえば、コリゴリも、スライムも、彼女と関わったことや、あの家に入った後におかしくなってしまったのか。
 だが、確かに俺はそこまで凶暴化してもいないし、極めて、普通、の範疇───だと思う。


「本当なら──そろそろ、彼女がお前と殺しあっていても、おかしくないはずなのだが……な?」

「そうだ、あいつ──! あいつに何をした!? あの兵器は」

アサヒがなにか言いかけて、すぐ後ろに居ためぐめぐが止める。
「声が大きいよ……!」
盗聴、観察屋がまだ居ることを気にしたものだったが、アサヒはというと気にしていないみたいだった。
男は、なんのことかな、と平淡な声で返した。

「──あまり、騒ぎ立てるな、
誰が聞くかわからん。
カグヤが居るか探して来てやるが、居なかったら帰れ」

 改めて見れば、男は喪服なのか心なしかいつもより黒いスーツだった。
そうだ、観察屋と、ハクナ、そしてクロは通じている──口封じで信者ですら、殺すほどに何かを隠そうとしているのだ、と、アサヒも黙る。



 背を向けて中に向かっていく男は、ぼそっと「まさかな……」と呟き、一瞬だけアサヒの方を睨んだが、それが何を意味したかは、彼にはよくわからなかった。
少なくとも義手の男はこの家には来ていなさそうだ、とアサヒは少し落胆と安堵を覚える。

 みずちがちらりとアサヒを見る。
怪物?とめぐめぐが不思議そうにした。アサヒは苦笑いを浮かべる。
「今は──ちょっと全部話せない、あいつらが帰ってきたときに」

「わかった」

「わかった」


 そういえば万本屋北香がいない、とみんなが振り向いたとき、万本屋が、遠くの道の方で何者かの車に引っ張られていくのが見えた。
「万本屋!!!」
 腕を引っ張られながらも万本屋が何かを叫んでいるが、遠いのでよく聞こえない。
「いつの間に……!」
みずちが舌打ちする。
「待て!」

 アサヒは駆け出した。もしかしたら義手の男に関係があるのではないか、と直感的に思ったからだ。
しかし相手は車、どんどんと距離が引き離され、車が一度停車していた場所に来たときにはすっかり彼女の姿や車の姿は見えなくなって居た。

「っ──あいつら……!」

同時に、外──アサヒのすぐ後ろから声がした。

「あれー? アサヒだ」
カグヤだった。

「おばあちゃんのことで、色々あったから──手続きとかしてたんだ、こんどお葬式なんだけど、こんなとこでどうしたの?

「──葬式……まだだったのか」
「え?」
「さっき、家を訪ねたとこだったんだが、あの、お父さん? 喪服みたいなの着てたんだが……」

「なんか別の人が死んだのかな、今日やけに死傷者が多い気がする、あの報道とかあったし」




それとほら、と、カグヤは1枚の紙をアサヒに見せつけた。
「見てよこれ、病院行く道で見つけたんだけど」
「『リカ』……?」
どうやら今度やる映画のポスターだった。
 リカ、彼女に惚れてはいけない──
人外である彼女と出会った者は死ぬ──

「こんなの作って! あの話を聞いてるからわかったけど、あの子から着想を得たんじゃない」

「かもしれないな」

 ポスターにはホラーであり、コメディでもあります、と書かれたプロデューサーのコメントもあってなんだかやり場のない空しさを覚える。 
 こんな状況でもやつらは笑い者程度にしか思っていないのだろうか。小さく載った背景の写真のいくつかは、実際のものをアレンジしたのではと思わなくもないものがあったが、確証はない。

「あちこちで、これ以外にも目につくようになって、知らなかった……、本当だった……迫害は本当にあったんだって、見つける度に急に思うようになって」

「なあ」

アサヒは端的に聞いた。

「義手の男と、会ったんだろう、そいつについて何か知ってたら教えてくれないか、もしかしたら……あいつの──マカロニの誘拐にたどり着けるかもしれない」

「義手の男? ああ、幹部の人……」

カグヤはそう言ってから、改めてハッとしたようにアサヒを見た。

「幹部が──!」

めぐめぐたちが、追い付いて走ってくる。

「もー、はっやいよ!!」

と、文句を言うめぐめぐと対照的にみずちは黙ったままだ。

「悪い、さっきの車が気になって」

追い付けなかったことは、誰もがわかっていたのであえて言わなかった。

「万本屋……ネオ・コピーキャットの話とかしたからか?」

めぐめぐがカグヤの無事を確認したりしているとき、すぐ横でみずちが
呟く。
「なにそれ?」
カグヤは不思議そうにした。
みずちは自分でも意味がわからないというように視線をさ迷わせながら言う。
「成り変わりやスパイ専門の組織があったんだ、44街にも潜んでて、そのバイトに万本屋は応募したことがある、と、さっき」

「えっと、車? と万本屋さんに何の関係が、それにスパイって一体」

困惑するカグヤにアサヒが答える。

「細かいことはあとで話す、とにかくさっき、そんな話をしてて、目を離した隙にここで、万本屋が拐われた」

「拐──!」

 アサヒにも、彼女たちにもどうすべきかわからなかった。観察屋が自分たちにもついているかもしれない、とすれば次は自分かもしれない、警察も信者が居る可能性が充分にある。

(最初から、スパイとすり替え目的の募集までしていて……万本屋のように、その成り変わる代役予定の者には、悪魔の子だとかの情報を事前に渡していた──
見た目だけでなく、ある程度演技力を学ばせているくらいだから、結構な力を入れている。
 成り変わりのあと、邪魔になる本人を抹殺すれば口封じになるし……誘拐とクロに関係がある可能性は充分だ)

アサヒが考えている間、カグヤたちはこれからどうするか話し合うことや、接触禁止令の今後の動き、そして『彼女』たちのことを話し合うことにした。



(2021/6/1610:50加筆)