椅子こん!









このまま戻らないと、44街が被害に合うとき、誰も戦わなくなる。
早く、早く、殺せ。
 心を。私を。
私のすべての幸せを殺せ。
殺さないと戻れないぞ。
笑顔なんかもう必要ないじゃないか。
兵器になれ、兵器になるんだ、私は、泣いても、吐いても、二度と笑わなくなっても、せめて──
あの子は、あの子の世界だけは……

「すべてを欲し、何もかもを我が物と思い込み、蹂躙の限りをつくした、
傲慢な人類の皆さん」




目を閉じる。怖い、という感覚は鈍ってしまっている。意識がハッキリしている。だからきっと──

「私は、あなたたちの敵です」

闇に隠れたまま近くに、転がっていた小さな神棚が微かに揺れる。
孤独を──孤独を呼ぶ。
自分を呼ぶ。痛みを呼ぶ。
自分を、嘆きを。自分を。

「あなたたちが、滅亡を望んできた敵です」
 神棚から白い人型の光が現れ、小さな子どものような影の姿になるとにこっ、と微笑んだ。大丈夫、怖くないよと安心させるみたいだった。

「私にとって……すべて。あの会が、否定してきたものすべてが、私の宝物。あなたが愛さなかった、蔑んだ『物』あなたが愛さなかった『自然』、あなたが愛さなかった『感情』、あなたが愛さなかった『孤独』、あなたが愛さなかった『死』あなたが愛さなかったもの全てから、私たちは生まれました、あなたが愛さなかった全ては、あなたと対をなし、あなたを突き放し、あなたが愛さなかった全ての拠り所となります」

 女の子は、先に進んだだろうか?
気がついたときには、近くには見当たらない。誰もいない空間で、静かに、静かに、唱えていると、心が纏まって、真っ直ぐにこれから先すべきことが見える気がした。

「だから、そんな傲慢なあなたたちと──同じ存在になることは、これから先ずっと生涯ないことでしょう」

光は私のすぐそばの根に降り立つとそっと触れる。白い光は少しずつ、周りから集まってきて、よりくっきりと存在感のある人型になる。そして私に寄り添うようにして同じことを唱えた。

「あなたが憎み、あなたが見捨て、あなたが嘲笑った全てを以て、あなたが敵と呼ぶ私たちは、私を敵と呼ぶあなたたちと対をなし、そして全てを別つまであなたたちの敵として──孤独たちの味方として、あなたたちから抗いましょう」

 その子が触れた部分から、根が少しずつほどけてゆき、溶けるように見えなくなる。身体が人に戻っていく。
闇のなかだった。
そこにポツンと、私が居る。
その子も居た。

「人を愛さない人間に、価値が無いのか! 人を好きにならない人間には意味が無いのか!?」

最後になるか、最初になるかはわからない。けれど、ただ、空に向かって叫ぶ。

「家族だ恋人だ友情だと、それを民に押し付けていれば、孤独は潰ついえたか? 満足したのか! そんなことが……幸せで──」

白い小さな子どもの影は、私の目の前に立ち、そっと微笑んでいる。
 床に散らばったチラシが舞う。
どれも、悪魔を暗示するようなものばかりだった。

「──許さない! そんなことを幸せにする世界なんか、私は、絶対に許さない! 
人と人の間にしか価値が無いなら、
どうして他の種の者に構うんだ!
人と人同士で仲良くつるんでいれば良かったのに!!

どうして───うわっ」

 がらがら、と部屋が揺れた。
天井が軋む。
空間が戻りはじめているらしい。
……あの子のところに、行かなくちゃ。身体を、動かそうとするが、うまく動かない。
少しずつ、感覚が戻るだろうか?
 今できるのは、叫ぶことくらいだ。私は息を吸い込んだ。






──────────────


 空はすっかり夕方になって来ていた。車を走らせて程なくして、道路は回り道をしてきた車や帰宅する車で渋滞になっていた。
「あちゃー、捕まったか……」
後部座席のめぐめぐが残念そうに言い、助手席のみずちが、静かにつまらなそうな視線だけ寄越した。
アサヒはそういえばなぜ今もまだこんなに渋滞ばかりなのかとふと気になった。
「なぁ、どうして今日はこんなに渋滞に引っ掛かるんだ?」 
すかさず、めぐめぐが「市長舎の前が通行止めなのよ」と言う。
「え、あの、ロボットの事故?で? あまり、覚えてなくて」
「……強盗で、だとさ」
呟いたのはみずちだった。
万本屋は黙ったままハンドルを握っている。
「強盗? 警察も何も、来ていない気がするが」
「そーそー、あの騒ぎを、強盗って表現するにしては、変な気がするよね」
めぐめぐが呟く。
「どうやら市長舎の前は、通行止めなだけじゃないらしい」
唐突に万本屋が喋った。

「道行く人の話に聞き耳を立てていたけれど、あの意味不明な申請拒否に抗議する人が集まって更に圧迫しているみたい」

「──あぁ、あの、自分の認める内容じゃないならとかってやつか」

 言いながらも同時に、あいつらは大丈夫だろうかと思った。
……けれど、俺はあそこに近付けない。
 あちこちで、ゴブリンの老人がこん棒を振り回して騒いでいたり、人間に混じりなにかよく知らない種族の方々も見えてきている。夜になるにつれ、人間以外も街を出歩きやすくなるのだ。

 モニターは昼にずっとやっていた、あの報道のことでもちきり
だった。人々から、批難が浴びせられている。
まるで──これこそが団結というみたいに、種族も何の壁もなく、モニターを通して同じ輪のなかで意見が交わされていた。

「…………」

──と、ふいに、電柱の上のスピーカーが、キイイイン!とハウリングする。民はそれぞれ喧しそうに耳を塞いだり、頭上をみた。

「私にとって……すべて。あの会が、否定してきたものすべてが、私の宝物」

……誰か、少女の声だ。

《あなたが愛さなかった、蔑んだ『物』あなたが愛さなかった『自然』、あなたが愛さなかった『感情』、あなたが愛さなかった『孤独』、あなたが愛さなかった『死』あなたが愛さなかったもの全てから、私たちは生まれました、あなたが愛さなかった全ては、あなたと対をなし、あなたを突き放し、あなたが愛さなかった全ての拠り所となります》

「あいつ、無事なのか!!」

わっ、と車の中のみんなの表情が明るくなる。誰かがなにか言おうとするも、また、声が聞こえ始めると誰もが黙った。なぜ、声が聞こえるのかはわからないが……

《──私は、物が好き!
椅子さんのことが好きです。

けれど──44街の人々は笑いました

椅子が、人間ではないから?
私が、人間ではないから?
想い合うことを素晴らしいという人々ほど、人間と人間にしか関係を認められない!》

椅子、と聞いて、昼間の報道が頭に浮かぶ。この辺りにいるほとんどがそうなのだろう、あれはやりすぎだ、こいつだったのか、と様々に声がとんだ。
 空間に居るのだから本人は直接番組は見ていない。まさかこんなことになっているとは夢にも思わないだろう。


《勝手な政治活動、宗教の為、自らの野心の為、
これまで話も関わりもしてこなかった私のことを……どうして、口を出せるのでしょうか。
それこそ、どうして私が認めると思って居るの?

 家族がもし生きていれば、なんの許可もなく、世間的な晒し者、どんなに私が止めてもきっと続くと思う……》

《だからこそ、私、人間よりもずっと、椅子さんのことを信じられる


勝手に決め付けて勝手に騒いでる
人間側の、勝手な話なんか聞くもんか。


──私は、あなたたちの敵だ!》


 わっ、と車内だけでなく、街中が賑やかになる。驚く人、なんだこの声はと不審がる人に混じり、頑張ってと応援する人がちらほら現れた。

「俺も応援するぜ!」

 なんかよくわからないが、とりあえず相変わらず元気が良くて嬉しい、と思った。あとあの女の子も無事だと良いんだが。


《やめなさい、なんですこれは!》

スピーカー越しの音に、誰かが慌てる声が混ざる。

《え? ──あぁ、はい!》

 やがて誰かに呼び止められたような声が入り、電源が落とされた。
周りの名残惜しそうな余韻のなか、今度はモニターに緊急速報が流れる。
ただことでない雰囲気に今度は皆の視線がそちらにいく。画面のなかではキャスターの女性が台につくと真剣な面持ちで速報を発表した。

『44街は、今回の批判などを受け、
同性・異性・中性の他、試験的に、まず意志疎通が出来る範囲に緩め、順次届けを受付けることになりました──公共物については……』

わああっと民衆が歓喜にわいた。

(これはもしかすると、パスポート用の許可も取れるかもしれないぞ!

 早く二人と、椅子、が戻ると良いのに、と少しだけ明るくなる気持ちと、これからのことを考えて、なんだかそわそわと落ち着かない。
マカロニと、あの子のママ──
この先何か手がかりがあることを祈ろう……夕飯の相談を始めた女子たちに混じり俺はただただ逸る気持ちを持て余していた。



  夕暮れの中、市長舎の方から出てきて帰り道を急いでいた『男』は、どこかに連絡していた携帯を閉じて小さく笑う。

「やれやれ、敗けたよ、死んだ母親に似て、言い出したら聞かない、か……フッ──」

観察屋が常に張り付き、ワイドショーではネタにして笑い者になっていては、人間を信じるなんてことすらないだろうし、そもそも、隔離した時点で、対話も他のコミュニケーションもろくにしていない子に、いきなり恋人届沙汰など理解するはずがないのだ。
それを踏まえず、恋愛条例だけは通してしまったのは明らかに44街側の、いや、此方側のミスで、確かに最もだった。