それぞれのたたかい
器と人形
「ふざけないで! おねえちゃんに何をしたの」
《交渉していただけだ》
「交渉?」
《あの力は、本当に彼女の持ち物なのか?
違ったらもらい受けたい。
すごく気になったから、孤独が生れた一番濃い空間を再現したまでだ。
これは私のものであるということを、彼女が示せなければ幹部の勝ち》
それは脅迫だ。
「力が欲しいから、嫌な空間を外から強引に開いて
無理矢理入らせたっていうの!?
それじゃあ、ここは……おねえちゃんの……」
《殺人事件の現場だ。
ここに、俺にあの力が彼女のものだとわかるような、そうだな、血のついた凶器じゃなくてもいいが、
ここから直接持ち出してくれればここを奪うのをやめる……かもしれないな!》
遠くからそっと壁越しにリビングの方を見る。
床のあちこちから根が伸ばされ、部屋の中ではどたどたと複数人の暴れる音がしている。相変わらずの荒れようだった。
時折、幼い子供じみた声が笑ったりはしゃいだりしている声もする。
「だーるまさん」「だーるまさん」
リビングに近付くと、何かがどたばたと動き回る音が大きくなる。
やっぱり少し怖い、不安だ。
あのだるまさんも、わけがわからない。わけがわからないものは恐ろしい。あれらはなんのためにあそこに居る?
どうして、あれが居る?再現される空間にこんなものが普通閉じ込められるものだろうか?
それでもポケットから顔を覗かせている人形は、無邪気に部屋を眺めているようだった。
人形……姫、と呼ばれていた彼女の。
彼女の願い。それは、この空間でもまっすぐに輝いている。
素直にすごいと思った。
彼女の願いが、彼女の力が与えたものは、過去から今にまでずっと生き続けている。背中を押している。
誰にも汚されない祈りの具現。
それは嫌いを否定し、嫌いと憎しみが溢れ変えるこの世界における神様に等しい。
「……なんだか、勇気が沸いてくる」
そう。力はやっぱり、彼女のものだ。
関わる相手の怪物化によって頼れる人が極端に居なかった彼女は、願いを紡ぐことでずっと呪縛から逃れて居るのだろう。
「──すこし、違うよ」
「──すこし、違うよ」
人形が、会話らしいものを始めたのでわたしはすこし、驚いた。
「違う?」
なにが、なのか、どこまで、なのか、わからずに聞き返す。
「祟りだとか、憎しみじゃなくて」
「そう、憎しみじゃなくて」
「……よく、わからないよ」
頭のなかで、それぞれがいっぺんに話す言葉を反芻する。
「怪物だらけで、彼女が人間としてまともに対話ができる人はほとんど居なかった」
「肉親もそう、誰も居なかったから」
肉親も──クロに消された、彼女の家族。家族、といっても彼女は、怪物と戦うことばかりだったのならどんな気持ちだったのか。
「でも生まれたときから、一緒に居るのよ」
「生まれたときから一緒に居るの」
──何を好きになっても、嫌いになっても良いんだよ。
「ああ、そっか」
何を違うと言われたかやっとわかった。わたしも、車さんが居なかったらパパの我儘な態度に耐えられなかっただろう。ママと──おかあさんと同じ病気を抱えて、ずっと生きてゆくことすら、耐えられなかった。
「じゃあ、あなたちが、彼女にとっての大事な人なんだね」
道具でも使役された式でもなく、
生まれた頃からずっと一緒に居る大事な人なんだ。だから願いに利用している道具のような言い方を否定した。
今、に彼ら?のいる様子が見えて無いのは何故なのだろう。それも、何か意味があるのだろうか?
わたしが何をしようと、恩なんか本当はなくたって、わたしを嫌いになっても、良い。
今度は、救ってみせる。おかあさんは救えなかったけど、せめて彼女は、わたしが。
暗がりであまり足元が見えていなかったが、ふと下を向くと足元に投げられていた廊下を歩く為のスリッパが目についた。
──わぁっ!
愉快そうな声をあげて黒い影が飛び出してきて思わず悲鳴をあげそうになった。リビングに集中しているだけで、あれは何処からでも生れているらしい。
「び──っくりした……」
人形たちはポケットに居るまま静かに微笑んでいる。用事があるときくらいしか話さないタイプなのか。
部屋の真ん中にどたばた走り回るのは男の子のような影だった。時折少年のような声が「……ぁ!」「だぁあ……」というように何やら話しているのかいないのか所々で聞こえるがあまり意味のない羅列にも思える。彼?の視線の先には一回り小さな影があり、彼から逃げるようにぐるぐると回り続けている。鬼ごっこをしてるんだろうか。キャハハハハと甲高い声が響く。
部屋中に張り巡らされた根を感じさせないほど、なにかを避ける様子はなく、まるで、すり抜けているかのように走り回るので、ぼんやり見ていると遠近感がわからなくなりそうだ。
背後で、包丁?を振り回す男のような体格の影がが何かを叫び続けている。頭上のだるまさんたちはいつの間にか伸ばされた根によって釣り上げられ、首を絞めた状態になって浮いていた。
代わりに、雨のように家庭用の刃渡り15センチほどの包丁が上から降っては消え、降っては消え、を繰り返している。
半狂乱になった髪の長い女の影が、引き出しのそばで「ない!」 「ない!」と泣き叫びながら暴れている。走り回る子どもの影が、時折降ってきた包丁で歪んで、顔を切り落とされて溶け、また生まれてを繰り返す。
「ない!」「ない!」
女の影が暴れている。走り回る子どもの影が、次第に血まみれになってあちこちに手形や形をつけていく。
頭上から包丁が降り注いでいる。
だるまさんたちが首を吊られて天井にぶらさがって揺れる。
「ない!」「ない!」
「だーるまさん♪」「だーるまさん♪」
部屋に──入ったまま、入り口で立ち尽くした。
「……っ!」
《あの力は、本当に彼女の持ち物なのか?
違ったらもらい受けたい》
もらい受けたい、だって?
これを──?
《すごく気になったから、孤独が生れた一番濃い空間を再現したまでだ。
これは私のものであるということを、彼女が示せなければ幹部の勝ち》
「この家から──ここから、直接……」
これを、示せるかと、本気でそんな提案をしているのか。
走り回る黒い子どもと、目が、合う。 影、なのに、そんな感じがした。じっ、とわたしを見て、動きを止めたのだ。彼らはどこからか、小型のハンマー……トンカチのようなものを取り出して、にたっと笑った。
「ぁ───だぁあああ……ぁ!」
何かを言っているが、よくわからないが、殴りかかって来たことは理解した。
わたしは咄嗟に背後に車さんをつかせる。
走りだそうとした瞬間、それがスイッチになったのか、いきなり包丁が実体を持ったかのような形に変わり、降り注いできた。
キャハハハハと高い声が響く。
「うわぁっ!」
子どもに詰め寄られ刃物が床に突き刺さっていくなかでは、咄嗟に後ろに下がるしか出来ない。
子どもの影は包丁を気にすることはなく一緒に遊ぼうというように手招きしているが、入り口から外には近付いてこない。
「どうしようさっきまでと違う……!」
けど──
《殺人事件の現場だ。
ここに、俺にあの力が彼女のものだとわかるような、そうだな、血のついた凶器じゃなくてもいいが、
ここから直接持ち出してくれればここを奪うのをやめる……かもしれないな!》
血のついた凶器──もしかしたら包丁が、鍵なのだろうか。
「でも、こんなに降り注ぐなんて……」
──包丁、なら、台所か?
でもここはいうなら事件の後の場所だ。台所から包丁を持ってきても血はついていないだろうし、正解ではないかもしれない。
部屋の奥には、ほとんど根に取り込まれている彼女の姿があった。
虚ろな目が宙を見ている。
「こ……わい……」
怖い、戦うと決心しても、守りたいものがあっても、何度決意しても、怖いものは怖い。
「怖い……」
震えが再発しそうだ。からだが動かない。シミュレーションと違う。
自分の弱さに目が回りそうだ。
──好きになっても、
好きにならなくても、
「でもそれと、今と、どう関係があるの? 動かなきゃ、って思ってるのに──」
ここまでの苦痛を強いてまで彼の決めた勝手で一方的な基準を満たさないとならないのか?
彼はこの痛みを背負うことすら出来ない、トモミからさえ逃げていて救えないのに、力だけが、結果だけが手に入ると思っている。
「うぅ…………」
痛い。悲しい。怖い。
あれと──対峙しなきゃならないのか。本当に、倒せるのだろうか。
『あ、姫だ!』
『久しぶり!』
ポケットから顔を覗かせている人形は、のんきにも遠くから挨拶なんてしている。
「無理! 近付けない! うぅ……」
思わず部屋のなかから目を背けてしまう。なんであんなに沢山いるんだ。いっぺんにあれと戦うなんて、嫌だ。怖い。こんな、自分が、一番。
振り向くと、トンカチを手にしている男の子が女の子の影の頭を叩きつけている。
《お前なんか、死んでしまえー!》
「……なにを──やめて!!」
好きなものなんか──なくなってしまえばいいのよ。
男の子の影が、次第に根の形に変わっていく。
女の子の影も口からおびただしく血を吐きながら根の形になっていく。
様子を見ているうちに、再び形を変えだした根は長く細くなり、首を吊れそうな頑丈な紐に変わると辺りに振り回すように揺れ始めた。
あの影は幻だった。
けれど、どの程度までが幻?
本物みたいに見えるうちは、本物?
おいで、おいで、と子どものような声がする。
あの紐が幻で誘っているのか。
《好きなものなんか──なくなってしまえばいいのよ》
いや。最初から──この空間に強引に捕らわれた彼女を助けないと意味がないんだ。
でも……でも……遠い……
「ない!」「ない!」
引き出しに張り付いた女が、半狂乱になりながら何か探している。
「ない!」
「ない!」
女が引き出しを探し続ける横で、『医療保険・devil』とかかれたチラシがひらりと舞い、足元に落ちてくる。床で散乱していたチラシ類のひとつらしい。
「これ──このときから、ハクナは居た……そっか、そうか! わかった!」
一目散に部屋を出るとわたしは玄関の方に向かう。人形たちはポケットから顔を覗かせているままなにも言わなかったが、どこか微笑んでいるみたいだった。
玄関には乱心するヨウに戸惑う、二人のクラスターが居た。
《……イカナイノか?》
右側に居た一人が聞いてくる。
いくらか落ち着いていた。
《イカナイノカ》
左側に居た一人も聞いてくる。
「うん。わかったの、わたし。帰る
から外に行かせて」
《ダケド──!》
クラスターたちは何か言おうとしたが、ポケットの人形を見た途端になぜか黙った。
《──そう……》
わたしは、恐る恐る玄関から外へと向かう。倒されたプランターや植木、綿がはみ出た人形が置いてある。
部屋に充満していた肉と油の濃い空気が少し薄まるだけで、すごく気分がすっきりする。ロボットがまだトモミと言い争っているうちに、わたしは走った。なるべく捕まらないように走って、走って、家の裏側に回る。
そう、リビングのすぐ裏側の壁だ。一番、彼女に近い場所。
バカだなぁ。どうして気付かなかったんだろう。
すぐそばに行くことなんて、こんなに簡単だったのに。
受け入れたくないものを無理に受け入れてまで、自分に合わない道を無理に使ってまで前に進むことばかり考えていた。
怖さから逃げないことだけに、プライドにとらわれていた。
「お姉ちゃん!! お姉ちゃん、起きて!」
窓ガラスを叩いて、わたしは叫んだ。ガラスを叩いて、ガラスを叩いて……たら、らちがあかない。
「車さん、いい?」
車さんはなにも言わなかったが黙ってエンジンをかけている。
纏ったオーラの輝きが強まる。
「行くよ!」
腕を振り上げて合図すると、車さんは勢いよくガラスに飛び込んだ。
ガラスが散る。こうして見るとなんて脆弱なのだろう。
根に捕らわれたお姉ちゃんにも、ここからなら、声が届く。
『目を覚まして!』
ポケットから人形が浮き上がり、
彼女に叫んだ。わたしも、叫んでいた。
「おねえちゃん!」
何故か、ここにきて、抑えていた感情が溢れた。何度も涙をぬぐいながら、リビングに向かって話しかける。ロボットが何かやっている声がする。
改めて見ると、根はほとんど部屋中に溢れていて、そのうち空間がわたしごとのまれるのもあながちあり得なくはないと思った。
「あのね。この子たちと……迎えに来たんだよ。
なにを、どれだけ嫌いになっても、わたしを嫌いになっても!
それは、悪いことじゃない!
わたしはとがめたりしない!
だから!」
なにを、言えば良いんだろう。
改めて考えたら言葉が出てこない。
虚ろな目が、彼女の痛みを、悲しみを伝える。
「うぅ……おねえちゃん、あのね……あの……ね、わたし……」
うまく言えなくて言葉につまる。
ポケットから、ひらりと紙飛行機が舞って部屋の中に入っていく。
「あ──」
紙飛行機はふわりと広がって
根の側に降りると紙となり、宙に浮いた。その中から目映い光が漏れると、中で騒いでいた影たちがおとなしくなる。
『
ご無事でしょうか。
辛い思いをさせてしまい、
何故わたしが来てくれないのかと責められているかもしれない、申し訳ありません。本当は直接伺いたいのです。
しかしどうしてもどうにもならない事情があって、このような形で、人を通してしか空間に触れられぬ椅子をお許しください。
この紙はわたしの身体から出来ていますので、わたしの存在の一部です。
空間に接触出来る形のわたしというのが、どうにか譲歩してこのような形というので精一杯でした。
椅子は椅子として──あなたの愛する人として、誰が何を言おうとも、ずっと側に居ります。』



