椅子こん!




カグヤ
 祖母が死んだ。

──今は、ただ、それしかわからないけれど、とにかく、死んだんだ、と思う。
 面会だけはしたけれど、本当に眠っているみたいだった。
ベッドにのせられた祖母の体は眠っているみたいだけれど、祖母の背中についている黒いキカイが、ごうごうと音を立てて死体を清潔に保っているから──やっぱり死んだんだと思う。そういえば、近付くとかすかに、死体の特有の臭いがする。

 死体を見たのは、ずいぶん久しぶりだ。

 数日置いてから葬儀のために色々とあるらしい、けれど、とにかく、なんだかわからない疲れとかで、病院を抜けた私はただ呆然としていた


「──おばあちゃんは、熱心な信者だった、なのに……」

 急に様態が変わるような持病はなかったような気がするのだが、確かに歳とは言え、こんな不安定なタイミングで亡くなるのが信じられない。
すっかり日が沈み始めた道は暗くて、私の不安を煽っていた。

「急に、いろんなことが起こるなんて、私が──リア充撲滅運動をしていたからなのかな……邪魔に、なった?」

 これであの家には家具屋の祖父と私だけになった。祖父ももうかなり高齢者だし、祖父を支えていた祖母が居ない今となると、家具屋のほうも祖父もなんだか心配だ。
 心配、と言うより、危惧というべきなのか……?
なぜだろう。
なんだか、いやな予感がする。


 病院を抜け、坂道を下り、道なりにふらふら歩いていると、近くの電気屋のビルに人だかりが出来ているのに気付いた。
「なんの騒ぎだろ?」

 遠くから伺ってみたところ、テレビモニターに大写しになった市長が、異常性癖の持ち主の住所や名前を勝手に発表している。
 集まった人々は勝手に決めるなとか許可なく個人情報を公開してまで訴えることかとか口々に批難する。
確かにこんな無理矢理に個人情報を晒すなんて正義でもなんでもない。
相手は善良な一般市民だ。多くは犯罪をしたわけでも国民の税金で雇われた連中じゃないのに。

「え? え?」

人を、誰かを、愛しましょう、それは思いやり、幸せを享受する為ではないのか、なぜ、こんな風に──

 途中で速報が流れた。
歩道に溢れる人だかりに近づいて、近くの歩道のブロックの上に乗って背伸びをすると、ギリギリ人々の頭越しに速報が見えた。

『きこさんが殺害された事件で、馬路容疑者は『恋人にしたいからやった』と容疑を認めており、異常性癖の持ち主と見られています』


 私が祖母と別れている間に、何が起こったのだろう。
寒気がする。おぞましい何かが背後に見える。やっぱりいやな予感がする。速報が次々に流れたが、どれも事件に異常性癖が絡んで居た。

『増える異常者、この課題に44街はどう取り組むか──この時間から討論していきたいと……』

どうして、こんなものを平然と映して居るのか。テレビが訴える国民って誰のことなのだろう。
わからない、なにも、わからない。
こわい、こわい、こわい、なんだこれ。どうしてこんなことになっているのか。
 走って家に向かう。

 途中、サングラスをかけた大柄の男とすれ違った。喪服にも見える黒いスーツを着て腕に数珠を巻いている。片腕が特殊な義手らしく、金属のような固い音がしていた。

「お嬢さん、この度は、残念でしたね。御悔やみを申し上げます」

「あの──」

「私、カグヤのお祖母さまには、お世話になったものでしてね……」

サングラスで表情 はわからないけれど、少し目元が赤い、ような……泣いているのだろうか。
でも──

「どうして──まだ、何も知らせを出していないはずなのに」

「おっと。これはこれは。先ほどお祖父さんにお聞きしたんです」

「祖父が?」

「では、失礼します」

男は一礼すると足早に横断歩道を渡っていく。咄嗟にあの、とか待って、とか呼び止めそうになったけれど、そのあとなんて言えばいいかわからなくて、ただ、立ち尽くしていた間に、距離だけが開いていった。


 なにを確かめたいのだろう?
なにか、なにか大事なことが──
 引き返して病院の方に向かった。



中に入ると、走らずに急いであちこちの受付を探す。
「……お祖父ちゃん」
ただ、聞きたい。
あの男は誰──
さっき、此処に来たってこと?
なんだか、いやな感じがする。
 トイレにでも行っているのか、パッと見た限り祖父の姿は見つからない。


 廊下の向こう側に、担ぎ込まれる誰かが見えた。
 体に数ヶ所穴が空いて血が出ている男性が止血を施されながらどこかに向かっていく。まるで映画かなにかで見た、爆発か銃撃でもあったときの怪我人みたいだ。

 背後で待合室のテレビが、速報を流す。
『44街で爆発がありました』
『恋人届をまだ提出していない44街の女性が行方不明になっています』

ニュースが異常性癖の持ち主に集中している。こういうときは、何か裏がある……気がする。
 ぽよぽよと歩いてくる患者とすれ違う。病室で着せられる服を着たまだ幼いスライム。

「いけませんねぇ、実にいけませんねぇ」ぶつぶつ呟きながら、車椅子に座ったゴブリンが付き添いの人と会話をしている。咳き込む人間、熱を測る人間。

「さっき、爆破があったらしいよ」
「どこら辺?」
「すぐ近く」
誰かが噂を始めると、たちまち広がる噂。

「思ったより異常性癖を持つ人や、恋愛を望まない人が居たんで、やけを起こしとるな」
新聞を広げながら、どこかの老人が呟く。強制恋愛政策は表向き高い支持を得ていたけれど、いくらかの人々はどうしたって気持ちに嘘をつけない。仕方がないことで、これが真実だった。

 (この不穏な空気に触れていたら、叫び出してしまいそうだ。めぐめぐ……みずち……みんなに、会いたい……)

 祖父が見つからないし、だったら降りて、家に向かおうと改めて玄関の方に向かっていると、祖父の声がした。
「おぉ、そっちに居たか。トイレに行ってたんだ」

 少し悲しげではあるが、落ち着いた声で話す祖父。
私は単刀直入に質問した。

「ねぇ、さっき、サングラスをかけた義手の人とすれ違ったんだけど」

「あぁ、幹部の……」

「え?」

「お前、それは学会の幹部だぞ、婆さんが亡くなったって、どこから聞いたんだか挨拶に来ていた」

「お祖父ちゃんが、幹部の人に言ったんじゃないの?」

「さあ知らん。救急車とか来てたから、なんか目立ってたんじゃないか?」
「そうなんだ」

(お嬢さん、なんて、まるで私を把握していると、遠回しに圧を かけているみたいだった……)
胸騒ぎを誤魔化すように、手続きが終わったかを聞く。祖父は大体はなと言った。

(わざわざ圧をかけに来たことが、何か意味を持つのだろうか、それに……めぐめぐは、接触禁止令をかけられそうになっていた、まるで誰かが後ろから手を回して居るみたいに、不自然なことが起きてる……)

 そっとポケットから出した端末を開く。みずちと何回かやりとりしたメールの返信が来ていた。接触禁止令は回避したらしいがまだまだ不安があるのだという。
 ひとまずは良かった、けれど、確かにこんな速報やニュースを見せられている44街の人々に平穏はまだ戻らない。

圧をかける理由があるとすれば、私が学会に反対してることや、あの子たち──悪魔と呼ばれて偽物を用意されて迫害されていたあの子たちの真実……学会やカルトがのさばる裏では罪のない子たちがあんな扱いを受けていたと私たちが知ってしまっていること、それとも恋人届を出さないこと、いろいろなことが脳裏に浮かんでくる。

 私まで、口封じする気なのだろうか……けれど、あの日を後悔したことはない。
迫害が起きていて、誰かが裏で消されている。誰かが戦っている。
 関わってしまったからかもしれないけれど、目の前にその現実があってもなお、見て見ぬふりをするだなんて、きっと私には出来ないだろう。
だったら、最後まで戦う。


「ごめんお祖父ちゃん、ちょっと友達んとこ行って来る!」

 会話を切り上げて、とにかく外へと急いだ。