椅子こん!

くるまと紙飛行機

ロボット1





 車がぐるんと回転し、強く地面を擦ると、タイヤが金色をした炎を纏う。そのままさらに方向を転換させ、回転しながら伸ばされる腕を燃やして轢いていく。腕たちは、自分たちを追いかけてくる炎を恐れて逃げ惑ったが、次第に大きくなる炎に焼かれて、とうとう再生が追い付かず消えていった。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

目眩がする。息が、苦しい。胸がいたい。
でも、やった。

「やった……!」

つきまとう腕が、消えた。
わたしが勝ち。あのとき、共感出来ずに逃げていたわたしが、少しは成長した気がする。

 喜んだのもつかの間、同時に『顔』があちこちから空間に浮き上がり、ニヤニヤとした表情と、悲しそうな嘆きの表情を交互に浮かべながらこちらを見てくる。
腕が伸ばされていくらか障壁の役目を果たしてもいた刃物もじかにこちらを向く。

刃物。
彼女が、自分に向けた刃物。
わたしに向けた刃物。

何が、あったんだろう?
何か、あったことしか、わからないけれど、それでも、ここから逃げたりしない。
……体力が、持つだろうか。
ふっと気が緩むと、座り込んでしまいそうになる。
体力が、持つかはわからない。
発作の心配も、ない、とは言い切れない。
 でも、共感出来る。共感が出来るということは戦えるということだ。少しでも、一秒でも長く、わたしは此処に立っていたい。

──ドウスル?

ニヤニヤした顔のひとつが話しかけてくる。

──ドウスル?


ニヤニヤした顔がさらにひとつ、話しかけてくる。

──彼女を殺すか、お前が助かるか。
ドウスル?

──仲間と戦う、ツライネ


「ううん、何か理由があって、刃物を使ったんだよ」

──そう、空間から出るためにね。

──キライダの力を増幅させ、時期にこの空間ごと全て破壊する


──お前が来たとも知らずに。
だが、あいつを殺せば別だ。


──あの刃物を、そのまま彼女に突き刺せ
ばいい。


──お前まで、ケサレルゾ……お大事にな


──彼女の首を、そのまま締めればいい。
動かない今のうちに。

──お大事にな。


──彼女を殺せば、お前と空間は


「うるさい!」

全て遮るように叫ぶ。
騙されるな、思考を乱して、スキダを手放させる気だ。
 咳き込むと血が吐き出される。
口のなかが切れたらしい。血の味がする。息が、話すことさえ苦しい。
 でも、負けない。

「そんなことで共感力がなくなったりしないんだから!」

 そのとき浮かび上がる顔のひとつが、ニヤニヤ笑って、そして不自然な動きをした。
 まるで背後から体が浮き上がるように、顔自体ではなくその周りが動くのに合わせて前へ出てきたのだ。
 ぬっ、と顔の部分からそのまま抜けて、透明な体を持つ顔として、近付いてくる。
その人型が次に笑ったときには、姿は人間のものになっていた。
『おねえ~ちゃん!』

「ケ、ケイコさん……?」

『パイもらったんだ、食べる?』

 現れたのは、近所に住んでいたケイコさんの声や雰囲気だった。
恋愛総合化に反対する一人だった。が今、いきなりこんなところに彼女が居るなんて現実的ではない。
『おねえ~ちゃん♪』

「どうしてこんなところにケイコさんが居るの! どうして、わたしを、おねえちゃんなんて呼ぶの!!」

幻覚だ、車で轢けばいい。
わかってはいるけれど──

「来ないで!」

無で居なければ。
こういう空間に居るときこそ、常に無で居なければならない。なぜだかわからないけれど、本能的にそう感じる。
感情が乱れてはいけない。

『おねえちゃん、パイ食べる~?』

 ケイコさん、は人間にしては不自然なほど機械的にじりじりと歩いてくる。けれど、どこか纏う空気は人間味を帯びていた。頭が混乱する。

「おねえちゃん……」

 絡み付いてくる腕を振り払うと同時に、刃物のような枝がこちらに素早く振り下ろされる。
咄嗟に避けたが、危なかった。

『おね~えちゃん♪』

避けた瞬間に、すぐ目の前にケイコさんが現れる。

「ケイコさん、やめて!」

『恋愛総合化学会の活動のせいで近所で圧力を受けてるのよ~? この前も、大事な石が盗まれたし……石返せー!』

腕を広げたり、踊るように奇妙な動きで腕を振り回したり
腰を揺らしたりしながらケイコさんは叫ぶ。

恐怖を感じた。
……わたしが、見ている、のだろうか。
見せられている、のだろうか。
近所に住んでいたケイコさんはわたしともよく遊んでいたけれど、ある日、学会の方に入った。
そういうのはよくあって、
これは恋愛総合化に反対する人たちが44街ではやけに冷たい目で見られるためだ。孤立させて引き込む、という手口が常習化している。
わかっていても、お母さん、は意思を決して曲げなかった。

「でもっ……恋愛総合化に反対するのは、間違って、ない……ママ……お母さんが、居なくなったって、わたしは間違ってないって思ってる」

刃物が左右から降って来て、ズシンと重みのある音とともに目の前に墜落する。さすがに恐怖を感じた。
「………………」
しかし幸いなのか不幸なのか恐怖を表すほどの気力がない。
疲弊している。
さっき強い力を使ったのもあって、今になってわたしの体に反動が押し寄せてきた。
 気を抜くとふっと意識が失くなりそう。
「まだ、まだ……!」
 背後から車さんをスタンバイさせると助走をつけて根元に向かわせる。途中、すぐに気付いた枝のひとつが急に車さんに襲いかかる。

「きゃあああ! 車さん!」
 刃物に多少なりとも触れた車さんが横転する。
車体に線を描くように延びる傷がついていたが、幸い、かすり傷らしく、すぐに体勢を建て直して走る。

──しかし、今度は避けることばかりになってしまう。
炎を纏わせると、あの腕は燃えるのだが、刃物は燃やせないようなのだ。
どうしよう……

『石返せー! 泥棒ー!』

「おねえちゃん……」

枝がのびている一番奥に居るはずの、彼女を思う。
胸が、いたい。

「おねえちゃん……」

『おねえーちゃん♪』
ケイコさんが重ねるように言い、クスクス笑う。

『おねえーちゃん♪』

「まだ……まだやらなくちゃ」

立ち眩みがする。
吐き気がする。
けれど、休んだら立ち上がれない気がした。

『おねえちゃーん!』

 すばやい手つきでポケットから出した薬ケースの中の1錠を口に含む。
効いてくるとよいのだが……

「……はぁ……はぁ……」

 車さんが突進しようにも、刃物が邪魔をしていて、進めない。
 わたしは一歩、前へ出る。
刃物は勿論わたしにも頻繁に襲いかかったし、近くにある『顔』にもぶつかることがあった。
顔、に当たると、蓮根の輪切りみたいな顔の断面が、地面に降り注ぐ。『顔』はいっぱいあるせいで、重ねて切り裂かれると蓮根チップスの雨のようだった。

『キライだよー! あぁー! みんな、あなたがキライだよ』

「どうだっていいよ」


車を突進させようとすれば刃物が守っているし、かといって、わたしがいる場所も一歩動けば追いかけてくる。
逆に言えば、黙って、じっと、していると動かない。

『キライダよー!』

 ケイコさんが、くねくね躍りながら、わたしの反応を引き出そうとする。
わたしは無言を貫きながら、考える。考えるのは大事だ。
そもそもおねえちゃんは、なぜ、こんなにまでなっているのだろう。
 そういえば、と窓を見ると外で、さっきからなにか騒ぐ声もしているのを思い出した。


「私が許せないのか! ──トモミ!!」

……そもそも、あのロボットが勝手になにかしたせいなのだから、向こうに聞くのが早いか。


───
 ……っていうか、トモミって誰?

『おねえちゃん♪』

 背後で、ケイコさんの声。
はっと振り向くと刃物になった枝がすぐ横の壁に突き刺さった。
間一髪だ。

「っ……、おねえちゃん……」

こわい。

 パラパラ、と渇いた音を立てて壁材が剥がれ落ちる。煙が舞う。
土のような生臭いようなにおいが空間に充満して吐きそうだった。

いたい。


「……おねえちゃん」
ママ。


考えるな。

首を横に振る。
 挫けても誰も助けてくれないだろう。

(自分で行くと言ったんだから)
ママは、居なくなっちゃったけれど……もし、目の前に居る大事な人を助けられるのなら──
少しでも、自分に意味があるのなら、此処に居たい。
 口の中は相変わらず温い血の味がする。鈍く全身が痛む。
ふっと意識を失いかけて、頭上を見る。
「ひっ!!!」

 ケイコさんと同じような透明なからだが、複数、こちらを見下ろして浮いていた。
『おねえちゃん♪
『おねえちゃん♪』
『おねーえちゃんおねえちゃん♪
『おねえちゃん』
「うわああああああああああああああっ!!」

 悲鳴しか出なかった。
同じような顔が、妙な笑みを浮かべて、一斉にこっちを向いてくるのがひどく恐ろしい。
頭上にぶらさがっているものはやがて、手足を丸く三角座りのようにした体勢で次々に落ちてきた。

『だーるまさん♪』

『だーるまさん♪』

『だーるまさん♪』

『だーるまさん♪』

 柔らかいボールみたいに不規則に跳ねて、あちこちに転がってくる。

『あのね』
『だるまさんはね』
『修行をしてね』
『手足が腐ってなくなっちゃったんだって』
『手足がね』
『だるまさんはね』
『おねーえちゃん♪』
『おねえちゃん♪ きいてよ』

「──さすがに、こんなに、沢山居たら……裁けないよ!」

『だるまさんは』
『じごく』
『じごくは』

 彼女?らが、今なぜだるまさんについて語りだそうとしているのかは深く考えたくなかった。

 ひとまず──おねえちゃんに近付けば、背後から生えている沢山のあの刃物に刺されるだろう。

 車さんにはあれを燃やす術はない。
「となると──」

 ぷにぷにと跳ねては、だるまさん
を繰り返す『それら』に視線をやる。まずはこれを、切り抜けてトモミだかなんだか知らないけど、それと対峙してるあっちと話しにいこう。

「車さん、戻って!」

 私が合図すると、車さんは勢いよく、枝を避けながらこちらに走って来ようとしていた。

 そのときちょうど、車さんが、何か言っているのに気が付いた。

「車さん……?」
車さんが訴える方向、枝が這っているタイヤのすぐ足元の地面を見ると
、なにかが落ちている。気がした。

 今居るリビングは真っ暗だ。
窓からのわずかな灯りをたよりに辺りを見渡している。目が慣れてきたとはいえ、足元は暗い。
 恐る恐る身を乗り出して車さんが居る方をよく、見るとなにか白いものがあった。
 近くの棚は倒され、引き出しの中身も散乱しているし、その一部だろうか?
いや、あれは……


ふと、窓を開けたわけでもないのに風が吹いた。
 地面からゆっくりと、それが起き上がる。
「紙飛行機……?」
そっと、手を翳すと紙飛行機は吸い寄せられるように手のひらに向かって来る。
 連絡を終えた車さんも同時に、こちらへと戻って来た。

「紙飛行機、おねえちゃんが、持ってたもの……?」

どこか、優しいぬくもりをかんじる。
それまでの心細さが、ふわりとほどけていくような気がした。

「──ごめんね」
そうだ。
 ここは、こわいけれど、恐怖の館だったわけじゃない。
家だった。物があり、人が居た。
物は、悪くない。
紙飛行機だって、ただ、居るだけ。
 服のポケットにしまうと私は走り出す。

『だーるまさん♪』

『だーるまさん♪』


 車さんもわたしも、振り向かずに近くの窓まで走った。
背後から、枝がのびてこちらを捉えようとするのはわかっていたので、顔たちを引き寄せてから一気に駆け抜けた。



『椅子ーっ、動かすんじゃないぞおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』


『椅子、勝手に動かすんじゃないぞおおおおおーーー!』

『椅子、勝手に動かすんじゃないっー!!!!わかったかあああああ!!!!』


『ああああああああもう!!!

椅子がうるさいぞおおお!!!! わかったかああああああああ!!!!』



 振り向いてないので表情までわからないがだるまさんを連呼していた顔たちは、最後にはなぜか、椅子、を絶叫していた。



(4/22/22:07加筆)