椅子こん!







どんな激しい恋愛をしてきたのよ!!
 そうツッコミたくなったのは、一人や二人ではない。万本屋たちを乗せて走っていた車が急に停車する。

 爆発音の方角は、ビルの影で見えなかったので、ひとまず進もうとした矢先で渋滞に捕まったのだ。
44街のあちこちに、なにかをめがけ、人だかりが出来ていた。
 仕方なく万本屋たちは車から出て、列の先頭の目先を追う。どうやら、電気屋のテレビをみんなが輪になって見ているらしい。人数が多いため、輪は2重になっていた。

みんなの輪の中心や、視線の先──
画面には、44街の恋人届担当職員、そして44街の恋愛推進委員会とかいうなぞの委員会の人たち数名がテーブルを囲む姿が映し出されている。
『 緊急事態宣言です。
今後、恋人届けを出していない者は理由を問わずに発表していきます。
異常性癖や嗜好があっても、
44街の担当審査員によって、社会的影響が出ることが認められるほどのハードさである、と認めなければ
公表していきます! 強制恋愛条例ですので、恋人届けが3ヶ月以内に出されない場合はこちらから強制的に相手を指定させてもらいます!』

 背後で爆発音がしたのが脳裏に過った。さっきから頭上で、ヘリコプターの飛ぶ音まで聞こえてくる。
 審査員はどんな激しい恋愛をしてきたというのか。
44街の人々に緊張が走った。
そんな中、この会代表らしき老婦人がテーブルに積まれた紙から一枚ずつ裏返して読み始める。

『では、まず、44街の──区にお住まいの、田中──田中タケロウさん!
電柱を、撮影する、軽く撫でる程度は恋愛とは呼びませんよ!
目を覚ましなさい!』

「待ってくれよ! 電柱は公共物だろ! ハードになりようがないじゃないか!」

該当の人物なのか、それとも似たような嗜好の者なのか、抗議の声を上げる。近くにいた男性からも批難が飛んだ。
「そうだ! 撮影するだけでも精一杯だろ! マナーを守ってるだろうが!」

「無責任にそんなこと言うなよ!」

物、とくに公共物に恋をするのが、ときに罪深く、どれだけハラハラして、そして少し触れているだけでも変な目で見られる為になかなか近付くことすら叶わないという事情について審査員はわかってはいないようだった。大抵の人々は、ほとんど見るだけしか出来ないのだ。

「わかってて言ったんだろ、少数だからって面白がって」

『大したことが無ければ恋愛ではない、そうしないと、恋人届に嘘を書く人が出てしまうでしょう?

虚偽と判断された場合は、書類でご家族にもお伝えします。
異常性癖としていきるのは難しい、覚悟をもって貰いたい。
そのくらいしないと、真剣になってもらえないでしょう』

「大したことってなんだ!」

「ロリコンがハードなら犯罪だぞ!」
「ハードってなんだよ! みんなハードな関係性なのか!? あぁ!?」

「そーだよ! なんで口だされなきゃならないんだ!」


口々に批難が上がる中、44街からの発表は続いた。



「──どうして……急に」
みずちは考えた。めぐめぐは「もしかしたら自分のこともあって焦って来ているのかもしれない」と言う。『あのとき』不気味な笑みを浮かべる魚頭の市長を思い出すと今もゾッと寒気がした。市庁舎で何をされるところだったのだろう。
みずちたちや椅子さんが来てくれなかったら──

『お話があるの──いいかしら?』


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……!!
めぐめぐが思わず目を瞑ったとき、
万本屋北香が悔しそうに呻く。
「爆発音がした、やっぱりどこか燃やされたらしい……」

 強制恋愛に反対しそうな家を襲撃しているのだろうか。

「私にも、幹部の動きまでわからない」
「もう、どうなっているの!? どうして……こんな……カグヤも、めぐめぐも……あの子たちの家も……」


『44街の──区にお住まいの、吉田──吉田木漏れ日さん!
宇宙人の写真をずっと眺めている程度は恋愛に入りませんよ!
それに、宇宙にいる人と言葉が通じるんですか?
目を覚ましなさい!


それから、44街の──区にお住まいの、戸尾井南さん! 
本当に小児が好きなら、なぜハードな関係を築かないんですか?
これでは小児を眺めているだけです! 家族にお伝えしますよ!?』

「眺めているだけ以外に何をする気だよ!」
「やめろ戸尾井!」

「ぐ、うわあああああああ!!」
近くにいたフード付きパーカーの女性がショックを受けてしゃがみこむ。
「私の……人生設計がアアアアアアアア」



『──えぇ、今のところ、真剣に恋愛をしていると審査員が認めるものはありません!』


44街に、非情な言葉が響き渡る。



「はぁ!?」
「ふざけんなよなんだこのばばあ」
「頭に官能小説がつまってんのか?」

『続いて──役場に……クスクス……椅子! 椅子さん……クフッ……との写真を持って書類を提出しに来てくれたかたが居ました──ふふ……!』












「何が、おかしい……?」

 みずちがぼそっと呟いた。
恋愛の重要さを説く街が。
想い合う素晴らしさを説くはずの44街が。
 こんなにも非情だなんて──

他人の真剣な想いをこんなに堂々と踏み躙りながら、恋愛を謳っているだなんて!

「どうして、恋愛を笑いものにしているの──人間以外にはみんなに、そうする気?」
 めぐめぐは青ざめた顔でその風景を見つめていた。
あんなの、誰にも面白くない。
 学会に都合のいい形の恋愛しか、許されていない、これが──本当の44街。
差別だらけの、迫害だらけの本性。

 一方で、万本屋北香は「あの恋愛に染まりきった居心地の悪いクラスと同じだ」と考えていた。考えるといてもたってもいられない。鞄から端末を出すとすかさず電話をかけた。

「もしもし──」
程なくして相手が通話に出る。
「はい、小林です。ああ、万本屋か、なにか?」
小林は、ぼそぼそしゃべる。女の声で言う。小林とは学会の馴染みの製薬会社の関係だった。

「スキダの薬品を取り締まる件は順調だよ──」

万本屋は一旦、普段の世間話をふった。
小林は、平坦な声で世間話に合わせる。

「ああ、いつも、世話になってるね……でもこれから忙しくなるから」

早く切り上げたい、という空気を察知して万本屋は本題に入った。

「今テレビでやってる、異常性癖発表のことでしょ?」

性癖や好きな相手のこと、知られたくない人なんていっぱい居るのに強制的にみんなに見えるように表示したなんて、しかも、審査員がハードな恋愛と認めないからってなんなの!? 
晒し者にされても強く想いを持ちましょ
う?
どんな立場でやってるのか。

と怒りをぶちまけたかったところだが、ひとまずその言葉は飲み込む。 

「そう。幸せになるお薬を任されてるもんだから」

「知り合いが居たんだよ、このままだと小林の世話になりそう」
「──なんの……よう」

心が、薬で作れてしまうなら、私たちは何の為に生きてるんだろう。
本当に、本当に、
恋は、存在するのか?
恋が、存在する証拠がなくて、最初から案外、薬が見せる幻なのだろうか。

「いや……昔、薬のことで、事件があったときさ、確か、そのときの被験者も異常性癖の持ち主じゃなかった? 小林は、そのときから今の研究所に居たでしょう、気になって」

「──詳しくは言えないけど……異常性癖じゃなくて、あのときは、恋愛性ショックだよ。でも、そのときに恋愛に本当は感情以前に対外的な認識能力が必要ではないかってので、異常性癖と並べて議論されたんだ、ぱったりと議論が止んで、会がのさばるようになったけど」

「恋愛性ショック?」

「たぶん、万本屋たちとちょっと近いと思う。
恋愛は感情や相手の存在を認識して把握してイメージを作り、そこから好嫌の判断もしてる。
普通は正常にそれがこなされるんだけど、
恋愛性ショックがある人は、
恋愛のことを考えようとると好嫌を判断する部分に伝達物質が過剰分泌されて、呼吸困難になったり、気を失しなったり、
 闘争本能が刺激されて、うっかり人を殺す事件もあったんじゃないかな、部位が近いからね。裁判が長引いたよ、脳の伝達ミスなのか、責任能力の問題なのか」

みずちやめぐめぐは、恋愛性ショックのことは知っていた。
けれど、殺人事件まであったとは。

2021/20:25/4/20