「それでは、お願いします」
静まり返った市長室は、市長のその言葉で沈黙を破られた。
会長は近くの椅子に座りながら、こほん、と空咳をして話し始める。
「スキダはただのクリスタルですが……ときどき、不思議な現象を引き起こす。これが、このたびの強制恋愛条例でより顕著になってきました。
──観察班の報告によれば、
スライムが凶暴化して対象のもとに乗り込んだ他、観察屋が一名亡くなっております」
市長の目が、会長に向けられる。真剣な眼差し。
「スライムが凶暴化させたスキダが、対象を殺さずに、殺されていると!?」
勝負服である。藤色のスーツを着込んだ会長は、今回は倒れないように踏ん張りながら続きを語った。
「はい。スライムがスキダを向けたのは、『悪魔』。接触禁止令を出されているあの悪魔です」
万が一、市民にこのことが知られたら運命のつがいと恋愛で幸せを得るマニフェストが台無しだ。しかし、今の環境になったことで、どうしても伝えておきたいと会長たちは市長には話すことにしていた。
「ふむ、我々は、ほとんどキムの手か隔離措置、または『秘密の宝石』によって長らえてきましたが。あの恋愛の怪物が、死ぬことが、あるのですね……」
市長は複雑な顔をした。けれど、怪物が殺せるなら悪い話というわけでもなさそうだ。
これまで44街にはスキダになった相手は、僅かな間スキダを虜にしてくれる『秘密の宝石』の配布で怪物の身代わりになってもらうこと、またはキムの手という今やどこにあるかもわからない呪具や、対象からの隔離措置という手段しかこれまで存在していなかった。
男が、真剣な目をして口を挟む。
「確かにラブレターテロのとき、あの魚の暴走により、狙われた数名の生徒が亡くなりましたが『秘密の宝石』によって命からがら助かった者もいます。
近年では『秘密の宝石』と運命のつがいを同時に使うことで44街はバランスを保ってきましたが。正直言うとそろそろ、悪魔を、『秘密の宝石』にするだけでは供給が追い付かない。そこで、あの子を新しく対魔用にしたいのです。そして永遠的に学会の機能を併設すれば街は安泰です!」
近年その怪物自体が『秘密の宝石』から生まれていたことがわかってきた。
男はそれを言おうとしたが、言わなかった。学会を支えているのはその怪物だからだ。
「めぐめぐさんを、新しく、接触禁止にする、許可がどうしても必要なんです!」
会長が頭を下げる。
「ふふ。『秘密の宝石』の配布の効果はヨウさんやギョウザさんたちがもたらした恵み──前会長にも成し得なかった、怪物化を防ぐ魔法のお守り、おおかた、そのヨウさんが、新たに選んだ素材ですか」
機能を併設すれば安泰、というのは会長は初耳だったが、それも確かにそうかもしれない。
「悪魔だけでも充分に思念体生物の餌食になってくれている。おかげで、ここ十年以上は、まだ完全にキムが目覚めていないのです。これからも、併設で行けるでしょう!」
「書き換え、その、うまいこと、行くように、ちょっとお願いしてみますか……」
市長は思案してみた。悪くはない案だった。それにバックにはギョウザさんたちが居る。いつスクープを書かれるかわかったものじゃない。市長の魚頭はただでさえ差別や偏見に晒されやすいのだ。
いい返事が貰えたので、会長は「ありがとうございます!」と感謝をのべながらも、一方で何かに違和感を覚えていた。
『秘密の宝石』が本当に怪物を避けているなら、あの悪魔の家はなんなのか、と。
そして──
キムは本当に、目覚めていないのか?



