「告ー白!」
「告ー白!」
「ノハナちゃんは、先生と付き合ってるんだって!」
付き合う、が目新しい文化になっている現代で、その噂が流れることが意味するのは『いじめ』だった。
「私、牛じゃないもん! 付き合うって、何なのよ! ねぇー! 私、ツノないんだよ? なんでつきあわなきゃいけないのー?」
意味のわからない、侮辱的な言葉がまず襲いかかった。腹が立つ。
しかしこの旧人類の語彙力を気にしている場合ではない。「スキダ」を手に入れたら「告白」というミッションが課される。告白というミッションがどのように行われるかは、皆が、見守り、やらない場合には残酷な刑が待っている。
「うわああああああああああ!」
ノハナは走った。ひどく錯乱してはいたけど、要ははやく終わらせればいい。
途中、恐怖で足がすくみ、コンクリートの地面に頭を打ち付けた。
「あーっ!あーああああっ!」
血が流れる。皮膚がヒリヒリと鈍い痛みを貼り付けたようになる。
「うああああーっ!あああああああー!!あああああーあああああー!!」
告白が何をすることか、よく知らないが、
彼女は近くにあった鏡の前にふらふらとしゃがみこみ、叫んだ。怒りと、激しい悲しみ。ドキドキと胸が高鳴ってこの足元がぐらぐらと揺らぎ、震えが止まらない。
逃げても、残酷な刑が待っているし、逃げなくても、こうやって戦場に向かうだけだ。
「告白ー! 告白ーっ! うわああああああああああうわああああああああああうわああああああああああうわああああああああああー!!」
楽になりたい。楽になりたい。
楽に。
付き合う、をする必要を思いだし、鏡に向かって突進する。わけがわからないなりに告白と叫べば、告白になる気がした。
こんなものがどうして面白いのだろう?
カシャーン!
鏡が割れた。
案外軽い音がして、辺りにガラスが舞った。光の粒となり制服にこびりつく。
それは彼女の皮膚を切り、顔や腕から血を滴らせた。痛い。痛いけれど、それよりも
このいじめの方が痛い。
「好きー! 好きー! はやく終わって! はやく!」
怖い。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
なんでこんなことが楽しいんだ!!
クラスメイトは彼女の告白にときめいていたけれど、あえて上げるなら、鏡にではなく噂のある先生にしなくてはならないので、パチパチと拍手を送ったあと、ふたたびコールが始まった。
「え……」
勇気を出したのに……
つきあうも、告白もしたばかり。
彼女は青ざめた。
あとから思うと、廊下の鏡の木枠に好意を抱いていたからの行動だがこのときはただ間違えたのだと思った。
「わかった」
だから、胸元に忍ばせている短剣を手にした。鞘から抜き取り、軽く構えて職員室の方向を睨み付ける。
ここは中学校の職員室の途中の廊下。
鏡は廊下にあったものだった。
「先生をだしな!!」
生きるか死ぬか。
額から汗が溢れる。
まさか、当人でなければ、ミッションが成功ではないとは。
周りのクラスメイトは、一気に沸き立った。
「先生なら職員室だ」
クラス委員のコメコ女史がメガネを動かしながら言う。
「ひゅー!!」
「告ー白!」
「告ー白!」
この前、告白で死んだやつが出たばかりなのに。どうしてみんな、この陰湿な遊びをやめられないのだろう。「告白」は、体よくいじめをするために始まった文化。
そして恋愛は人殺しを減らすために始まった文化だと言われている。
「告ー白!」
「告ー白!」
ぱち、ぱち、と手を打ちならしているギャラリーはみんな目がにやけており、不気味に口元が歪んでいた。
「妄想が、捗るわ!」
「一日の憂さ晴らし!」
『また、見せてね!』
好き好き好き好きって、バカみたい。
みんな、
思わないの?
「ナナワリ。はやくスキダって、言った方が身のためだぜ?」
ひゅんひゅん、と輪っかを投げ回しながら坊主頭のクトーが笑った。もう、おかしくっておかしくってたまらなかった様子。
スキダが与えられた者は人権を無くすことが決まっていた。7割くらい。ナナワリとも言われている。
制服のスカートをきゅっと握りしめて、職員室に特攻する。
ギャラリーは面白がってディフェンスに走った。
「邪魔を!するなぁあああ!」
ガラスの破片が舞った。彼女の血も舞った。身体中が痛いけれど、立ち止まれば殺されてしまう。
彼女はスキダを手にする予定はなかった。
昇降口下駄箱テロにより、数名に
ラブレターといわれる脅迫状が送りつけられたことから始まったのだ。
中身は、
魚の形をした半透明なクリスタル。
『スキダ』だった。
スキダなんていらない。
ミッションに走らなきゃいけない。
けれどそれは強制措置であり、断ったとしても、親族や血族にスキダを回されることが決まっていた。
ただし、スキダを欲しがる人もいる。
なんとこれ、粉にして吸うととてつもない快楽が得られるらしく、『ビッチ』たちの間では大人気。ビッチたちはスキダを渡される人を侮蔑で『マクラ』と呼んだりした。枕営業のことだが、恋愛が戦争な今、そんな言葉を喜ぶのはむしろ彼女たちくらいだった。彼女たちの語彙力は低いのだろう、ずっと、告白とか付き合うとか、恋愛関係のことしか言わない。恐らくは性に関した言語でしか他人を表せないのだろう。
とにかく、スキダを手にすることは、対立候補や対象と戦い生きるか死ぬかということ。個人の感情など関係なく行われるテロだ。
職員室のドアに向かう彼女は途中でずらりと並んだ女性たちを見た。
『スキダ』を手にしたいので邪魔してやろうと待ち構えている、ビッチ集団の『コネコネ』だった。
「コネコネ!」「コネコネ!」
コネコネは、特有の奇声を上げて嘲笑しながら、小型の銃を向けてくる。
水鉄砲だが、中身は「何」かわかったもんじゃない。
似たような顔の5、6人の女の子たちがずらりと並んで真っ先に彼女に詰め寄った。
「はずかしいんでしょ!」
「そうでしょ、そうでしょ!」
「緊張でしょ!」
「そうでしょ、そうでしょ!」
一見ポジティブな言葉を向けてくるけれど、当事者にとっては、あまりにも最低な言葉。
ただ、彼女たちがわかることは無いのだった。
「緊張でー! こんなに怒り狂うかああああああ!!」
彼女は、コネコネ全員にあたるようにスクールバッグの持ち手を握り、回転する。
密着してきていたのもあって、全員がスクールバッグに頭をぶつけた。
「きゃあ!」「きゃあ!」
「きゃあ! 」「きゃあ!」
「全く、人を侮辱しないで」
よろけたコネコネはすぐに起きあがり、彼女を囲い込もうと腕を伸ばしてくる。
窓の外ではヘリのプロペラのような音がしている。
「観察さんだ!」
「きゃあ!観察さんだ!」
「観察さんだ!」
「観察さーん!」
コネコネは、彼女を放り出すと慌てて、窓際に向かって走り出した。観察さんは屋上のヘリポートではなく、校庭にどうにか着陸し、廊下にいるこちらに向かって手を振る。忍者のような頭巾をかぶっていてサングラス。顔はよくわからなかった。
「今日も、いいのが撮れたよー!」
首に下げている大きなカメラを掲げて、観察さんは叫んだ。
44街では、恋愛は武器であり、
そして全てのカースト上位を司る。恋愛をしなければ、人権がないようなもの。人を、好きになりなさい、は校則にもなっている。
その為、ときにお金持ちの子は盗撮写真を買い叩き、脅迫によって意中の相手を製造してもいた。
学校が黙認しているのも、強制恋愛条例の前から、恋愛推進が進みはじめていたためだ。
やがて恋愛いじめを楽しんだ少女たちは、自分、の恋愛義務を果たすためにそれぞれの行きた
い場所に向かって歩いていく。
と言っても、彼女たちの行き先は同じ。
「放課後は、校長先生に、彼氏を紹介に行かなきゃ!」
「私もなんだ!」
「私も……人を好きになる校則が守れない人なんて、居ないわよね」
校長室のドアの前は、いつも行列になっている。
校長から恋人を認めてもらえれば、学校生活は安泰となる。
彼女らは卒業後にその戦いの日々を、こう呼んだ。
青ざめた春、青春と。
「かつて44街内の各学校で昇降口下駄箱テロが起きた。
数名にラブレターといわれる脅迫状が送りつけられるというもので、中身は魚の形をした半透明なクリスタル。
『スキダ』。怪物化しやすいスキダを利用した反44街の者の、恋愛否定のための工作だったと言われている。
実際に告白によって死者も出している、危険なものだったが、当時、学校関係者たちは揃って、恋愛は学生に必要なものとして譲らなかった。テロと認められたのは死者が急増した数年後だったよ」
「聞いたことがあります、前会長から。そういえば、確か、市長の息子さんも教職につかれていましたね」
「あの魚か。懐かしいな。同級生だ。
一方、別の意見もあって、恋愛に全く興味をしめそうとしない子たちを、『測ろう』とした──」
「測る。なんの、ためにです?」
「その答えの一端を担うのが『こいつ』かもしれないな」
『なぞの男』が呟く。
先ほどよりも硬く閉ざされ、蔦が繭のように絡み付く場所になっているあの場所。
思い出すと身震いする。
あれを【兵器】が行ったのだろうか。だとして、兵器を持ち出せるのは、幹部クラスしかいない。
(あんなものを出してきて、奴は一体
……)
男は、だいたいの犯人には見当がついているようだった。
一方で隣にいる会長は彼になにか言いたげにしながらも先を急ぐことを考えていた。
(『交渉』を早く済ませなくては、学会の命運にも関わる──)
市庁舎前に居た少女たちがどうなるのか見ていたい気もしたのは確かだが、事前に『市庁舎に行く』と約束したのだから、気になることはあれど向かわねばならない。
会長はこっそりとため息をつく。
──
なんだか最近ずっと夢見が悪く、不真面目な仕事をして同僚にムスっとされたり、
影で笑われる夢ばかり見るのだ。
(はぁ……憂鬱)
しかしいつのまにか男が無表情のまま歩いていくのが視界に入ると、気を取り直した。
(そうね、とにかくはやく、市長の対談しなくては)
接触禁止令が出せなかったことは学会の維持にも関わってくる。ギョウザさんを怒らせることは、観察屋を怒らせるようなものでもある。
会長はだからこそ怯えていた。
指揮がこの男だといっても、現場はギョウザさんが監督していることも多い。
幹部と関わりがあるだけに、下手に機嫌を損ねてもならないし……
(関わり、か)
廊下を進み、ドアを開けたとき、会長はデスク横で不思議な体勢をしていた。
「ヨガマットの上でやらないと足裏が摩擦でヤバいですよ」
腹を上にし、体を反らせて居る。何かの体操のようだ。
「成る程ね……学びを得ました」
市長は魚頭をゆっくり起こして微笑んだ。
「はぁ……はぁ……運動負荷が上がると通しでやるのも、辛くなってきましたね……」
田中市長は結婚され、子どももいるが、今は指にリングのようなものをつけていない。そうしていると本当にこの人は家庭があるという感じがせず、若々しい未熟さのようなものが感じられた。まるで、ただの、気さくで、朗らかな魚頭だ。
男が淡々と問う。
「あの、なぜ、いきなりヨガを?」
「はぁ……はぁ……私はそういう、受けを考えない・独りよがりな性質がずーっとあってですね。二十年近く市長続けてやっとここまでというか、この程度にまでなんとか矯正できたのですが、時折こうして自分と向き合う時間をヨガで作っているのです」
会長は、自分のことと重ねてみた。彼女も本来は人を楽しませるということが根本的に向いていない。それでも学会のことがすきだから、ずっとやっているのだ。
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