車と空間
勘違いの人たちの勘違い
近くにある一軒家の前に、ロボットがある。ロボットは指にはめた光のわっかを家に向かって飛ばして居た。わたしは、恐る恐る玄関から中へと向かう。倒されたプランターや植木、綿がはみ出た人形。
何より、肉と油の濃いにおいが立ち込めていて異様な空気だ。
「う……」
思わず口もとを押さえる。ここに、彼女は居るのだろうか。
なんとなく、アサヒが一緒に来なくて良かったと思う。自分のことのようにすぐ熱くなるだろうから。こっちまで感情がおかしくなって冷静に目の前の景色を見ていられないだろう。
そう考えると、神様が止めてくださったのかもしれない。
「……大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせながら玄関から足を踏み出したと、不思議な人型が現れた。顔はないけど、意思はあるようで、わたしを見た途端に騒ぎ出す。
「イクナアアアアア!!! イクナアアアアア!!イクナ警報発令!!」
「わたしは、行かなくちゃいけない。通して」
「イクナアアアアアアアア!!」
腕を振り回して叫ぶ人型の説得を試みていると、玄関のさらに奥から、何か禍禍しい空気がなだれ込んできた。
人型はまだ気付いていないのか、気にする様子も見せずに、腕で行く手を遮る。
《イクナアアアアアアアア!!》
わたしを足止めしているようだが、これは『何』で、そもそも、どうして行くなというのだろう。この先には、いったい何が……?
奥の方から来る禍禍しい空気とともに、やがて木の根のようなものが壁や床を走っていく。
。
「……ん? なに、これ」
ゆっくりと伸びるだけの植物に、わたしはあまり警戒心がなかったのだが──「ヒィッ!」
目の前にの人型は叫んだ。
驚いたような恐怖に震えるような感じに態度が変わる。その場を跳び跳ねてやけに避けている。
(にしても、動きがなぁんか硬いんだよなぁ)
体つきとかカクカクしてる気がするからか、ちょっと間抜けに見えてしまうような。
人型は恐れて植物に触れようとしないが、わたしは平気だった。
蔓や根が張り出す床や壁を避けるように動く人型を見て、わたしは決心する。
「よし、今なら!」
人型たちの間を掻い潜り、先へと進む。いざ潜ると大したことないな、と感じたが……やっぱりちょっと怖い。
人型たちはわたしが奥に向かうのを知ると、ぐるんと方向を変えて後ろを向いた。
「イッ……イクナアアアアアアアア!!!」
「嫌!」
わたしはハッキリと断って、進む。ただの、校舎よりは短い廊下のはずなのに、邪魔があるために随分長く感じられる。
「マスター……こんなにコストが掛かるなら、行く前に冷蔵庫を片付けて置こうと思う!」
叫ぶ一人の横で、もう一体が冷静に言う。
「冷蔵庫じゃないヨ、倉・庫」
「あ、そうか。倉庫だ」
「面白い。こんなハプニング映像でリアクションしちゃいけないとか」
「確かにうける」
彼女?らは、会話をしながらも腕を伸ばして、わたしを捉えようとしてくる。現実逃避しようと、脳が眠くなってきて耐える。朝が早かったから眠くなってきた……けど今寝たら起きるの夕方だろう。あー、同時にそれぞれ2人と自分の思考でパニックになりそう。
途中訳分からなくなってくる。
もう、いいや。
「車さん」
ポケットに入れてきた車さんを呼ぶと、たちまち巨大化して目の前に現れる。 合わせて、攻撃モードに入るかのように、目の前の人型のまとう雰囲気が鋭くなる。
《アナタウチノコミタイナモノナノオオァ!》
《イヤアアアイクナアアアアアアアア!》
《ココハマスターの過去! あの子も、全部マスターの過去! コノドロボウ!》
《イクナアアアアアアアア》
──泥棒?
そういえば、強盗がどうとか言っていたような気がする。
おねえちゃんがマスターの過去ってどういう意味なんだろう。
「よくわからないけど、彼女らのマスターの過去が、外に持ち出されたくないから、守っているんだ」
……再現したのは、あのロボットの過去なんだろうか。だとしたらやっぱり巻き込まれて逃げられないようにされていることが、より無責任なものにしかならない。
「イクナアアアアアアアア! 」
「あなたたちの過去に興味はない! 自分の過去に巻き込んだ人を、返して」
しかし──となると強盗というのは理屈的におかしい。再現する装置が先に存在するからこんな空間があるわけで、そこに行くなというのなら、そもそも行かせなければ良かったのだから。
「あなたたちの過去なら、それこそ、完全にあなたたちのせいということだね! だってそんな大層なものに、なぜ触れたというの?」
人型は戸惑いながらもそれぞれが両腕を殴るように振り回した。
《イクナアアアアアアアア!!》
《イクナアアアアアアアアイクナアアアアアアアア!!》
この人型たちは、たしかに人の形はしているが、普通に考えると天才じゃなくても認識し得るような、論理的な思考は持ち合わせないようだった。
「……にしても、なぜ、強盗」
ああやって、せつが、ずっと成り済まして、学会が──
ううん、44街がみんなで隠して居たのは事実。
整えられた環境において、誰にも見えない、存在しない悪魔なら、そもそもちょっとなにかあったくらいで、普通そこまで社会に影響があるわけがない。
どうやって、いない悪魔の強盗を証明するのか。
簡単に言うなら、
「おかしい。筋が通らない。
どうして、止めてるの。別に大したことないじゃない。通行止めにしなくても、悪魔なら」
いつもと同じように無視すれば済む。権利に甘んじれば何かする必要などないのだから。わざわざ、犯罪に仕立てる必要などなく、隠蔽のみに走れば良いのである。
車が走る。腕の間を潜り抜けて、少し助走をつけると加速して人型に飛びかかる。
人型の片方はぐらりと倒れて床につこうとするが、すぐに植物に気付いて起き上がる。
反射的に、あれを避けているらしい。
──今は、時間がない。
行く手を阻もうとした片方が倒れ、開いた隙間からさらに加速する車を追い、わたしも奥に進んだ。
──
根は、新しい血の臭いと、独特の腐臭がするリビングに向かって続いていた。
こんなに濃い血のにおいを長い時間嗅いだことはなくて、感覚が麻痺してしまいそうだ。
ここが、マスターの過去なら、そこにいる人が強盗ならゆくゆくはわたしも彼女らにとっては強盗として批難されることになるだろう。けど、あえて、今のうちに言っておきたいのが、こんな、血なまぐさいところ、わざわざそんなに、楽しくて盗みた
い場所ではないと思うのだが。
リビングは真っ暗だった。窓からのわずかな灯りをたよりに辺りを見渡す。
棚は倒され、引き出しの中身も散乱している。まるで強盗みたいだが彼女が何か盗ろうとしたようには感じられない。ところどころの床が、染みになっており、何かが怪我をしたことがわかる。
荒らされた部屋のなかでもひときわ目立つ一画、根が集中する隅の壁際、特に血のにおいが新しく濃い場所に──彼女は居た。
身体中から触手のごとく、植物を生やしている。そちらに目を向けようとして、背後にも気配を感じた。
「ひっ!」
思わず、悲鳴が上がる。
──キライダ……
キライダ……
キライダ……
いくつか、手が救いを求めるように伸び、壁や床のあちこちで蠢いている。
「嫌い?」
自分を捕まえようという勢いで伸ばされる手を、即座に車が回転して弾き返す。
──キライダ……
キライダ……ミンナ……キライダ……
外でも異変が起きているようだった。
窓の向こうのロボットが苦しそうにうめき声をあげ、どこにともなく、刀を振り回して暴れている。
「うわあああ、来るな、来るな!」
でもロボットの姿しか目視出来ず、今なにと戦っているのかはわからない。
こちらからは刀を振り回しているだけにしか見えないのだ。
──景色を見ていると、再び背後に腕が複数伸びてくる。
慌てて、車さんが、辺りを一周するようにして腕を轢き倒す。
「危ないなぁ……」
ぼんやりしてたら捕まるところだった。 改めて、車さんが走る。
それ、がおとなしくなったタイミングで、根を伸ばしたまま血まみれになっている彼女を見上げる。
彼女は、ずっと、ここに……こんな悲しい場所に居るんだ。
「おねえちゃん」
彼女はただぼんやりと、宙を見ていた。
手に包丁のようなものを持っている。
根が、のびてきてわたしに触れた途端、それは鋭い刃に変わった。風を切る音と共に、頬の皮膚が抉れて切れる。
い、たい……
血が、音もなく顔に流れていく。
「……おねえちゃん、わたし、だよ」
再び、根が此方に向かって来る。
慌てて避けるが、近くの腕にぶつかって刺さっている。──もはや刃物だ。
休む間はなかった。根が二本に増え、左右からわたしを狙ってくる。わたしは即座に車さんを後方に回らせて左右を叩き折る。車の速度がなかったら、すぐに刺されているだろうと思うと自分の好きなものに感謝した。でも、防御で精一杯だ。
「包丁……怪我をしてる、自分で?」
流れる血に、悲しくなる。
なぜか、お母さんのことが頭をよぎった。
強制恋愛に反対する活動をしていただけで、家を爆破され、お母さんはまだ行方不明。
本当ならわたしもおねえちゃんのように、誰からも触れられない存在になるはずだった。悪魔に、なるはずだった。
本来なら、あんな風に、社会的に見放され、政治的に葬られる子どもが、生きていけるはずがない。そんなわたしを、彼女はなんの疑問も持たずに助けてくれた。
一緒に、お母さんを探すと言ってくれた。
彼女の戦いは、自分の姿になるかもしれなかったのだから、力になりたいと思った。それが、わたしにできること。
腕がのびてくる。
車さんが、指示を待つようにわたしを見詰める。
「……ちょっと、待ってね」
息が、切れてきた。少し苦しい。
呼吸を繰り返しながら、倒れないように踏ん張る。
「よし!」
改めて。強く、ならなきゃ。
「わたし……椅子さんが好きな、おねえちゃんが大好き。
誰が、何を言っても……」
腕を上に掲げ、車さんに合図する。
「わたし──共感、出来るよ!」
車がぐるんと回転し、強く地面を擦ると、タイヤが金色をした炎を纏う。そのままさらに方向を転換させ、回転しながら伸ばされる腕を燃やして轢いていく。腕たちは、自分たちを追いかけてくる炎を恐れて逃げ惑ったが、次第に大きくなる炎に焼かれて、とうとう再生が追い付かず消えていった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
目眩がする。息が、苦しい。胸がいたい。
でも、やった。
「やった……!」
つきまとう腕が、消えた。
わたしが勝ち。あのとき、共感出来ずに逃げていたわたしが、少しは成長した気がする。
喜んだのもつかの間、同時に『顔』があちこちから空間に浮き上がり、ニヤニヤとした表情と、悲しそうな嘆きの表情を交互に浮かべながらこちらを見てくる。
腕が伸ばされていくらか障壁の役目を果たしてもいた刃物もじかにこちらを向く。
刃物。
彼女が、自分に向けた刃物。
わたしに向けた刃物。
何が、あったんだろう?
何か、あったことしか、わからないけれど、それでも、ここから逃げたりしない。
……体力が、持つだろうか。
ふっと気が緩むと、座り込んでしまいそうになる。
体力が、持つかはわからない。
発作の心配も、ない、とは言い切れない。
でも、共感出来る。共感が出来るということは戦えるということだ。少しでも、一秒でも長く、わたしは此処に立っていたい。
──ドウスル?
ニヤニヤした顔のひとつが話しかけてくる。
──ドウスル?
ニヤニヤした顔がさらにひとつ、話しかけてくる。
──彼女を殺すか、お前が助かるか。
ドウスル?
──仲間と戦う、ツライネ
「ううん、何か理由があって、刃物を使ったんだよ」
──そう、空間から出るためにね。
──キライダの力を増幅させ、時期にこの空間ごと全て破壊する
──お前が来たとも知らずに。
だが、あいつを殺せば別だ。
──あの刃物を、そのまま彼女に突き刺せ
ばいい。
──お前まで、ケサレルゾ……お大事にな
──彼女の首を、そのまま締めればいい。
動かない今のうちに。
──お大事にな。
──彼女を殺せば、お前と空間は
「うるさい!」
全て遮るように叫ぶ。
騙されるな、思考を乱して、スキダを手放させる気だ。
咳き込むと血が吐き出される。
口のなかが切れたらしい。血の味がする。息が、話すことさえ苦しい。
でも、負けない。
「そんなことで共感力がなくなったりしないんだから!」
2021/4/8/1:03



