椅子こん!





接触
ふっ、と意識が揺らぎ、床に倒れる。
 また、わっかが、壁をすり抜けては何度かこちらに通過した。
《やめろおおおおお!!》
彼は何かを言っているが、中は見えてないのか、狙いが外れているのか、私に当たる気配はない。
「………………」
 リビングの床は、人の形をした真っ赤な……いや、もはや黒っぽい染みが広がり、まるで牛革の敷物のようだ。
首がヒリヒリする。
染みのある床のすぐ横に、じきに私も染みを作る。少し朦朧としてくる意識のなか、笑顔を見せる。

「……わ、たし、」

わたしね、ずっと、……が、…………って、おもってた。
でも、…………だよ。

 生温く流れ落ちていく血が脈打つのを感じた。
広がる染みが、微かに、床に散らばる光のわっかのひとつに触れるとわっかは浮き上がった。
ミルククラウンのような形を保つとくるくると回転しながら私の上に浮いている。

「きれい、だな……」

外で、何度か叫びと銃声が聞こえる。会話するくらいだからてっきり既に倒したと思っていたのだが、まだキライダと戦っていたようだ。

《お前が! お前がああああああ!! 魔を、遠ざけるんだぞ! スキダ、と! スキダさえあればああああああああああああ!!また、また起き上がってきやがっ……!!》

「私の、すき、は、椅子さんと、共にある……
だから、貴方と居たってきっと、魔を遠ざけるような幸せなんか作れない、一ミリも」

 浮いているわっかに手を伸ばす。
なんとなく、掴めそうな気がした。
わっかはゆっくりと高度をさげて私の手のひらに乗る。
銃声が聞こえる。また、戦っているらしい。
「なんだ、この指輪っ! なんなんだよ! 機体が……機体がっ!!!」

 透明な死体を食べ、指に髪飾りを嵌めているロボットの様子が、なんだかおかしい。気はするけれど、私に出来ることは無いわけで──戦うすべもないし、それに……力が……うまく……

「ねぇ、……わたし、……あなたは、
何を触っても、良いのよ」

 かろうじて振り絞れる力で、自分自身をぎゅっと抱きしめる。
懐かしい、言葉。
大切な。

「あの人が、口にする食べ物だって、触れて体内に入っていく。私は、とがめたことがない……あなたは、何をさわってもいい、何かを、思うことは、孤独を否定することじゃない…………」

 手のひらにあるわっかを強く握る。
微かに、熱を持っているのが伝わる。

「──応え、る……」

 反対に私は、寒くて、呼吸が浅くなっていく。外で、叫び声がしている。


──ん? 銃声?──あれ?


風鈴みたいな軽やかな音。
突如ガラスが割れ、なかに何かが入ってくる。
 着地と同時に、迷わず歩きだすそれは、倒れている私に構わず、叫んでいた。

 キライダアアアアアアアアア!!
ウワアアアアアアア!!!
キライダアアアアアアアアア!!

(キライダ……なの?)

────指先の、熱を感じていると、そんなことすらどうだっていい。 ただ、触れていたい。
咎められずに、この熱を感じていたい。
私が生きるには、私が、笑うには、物が、必要だった。

 恋を、疑われない。感情を、探されない。
会話を、咎められることがない。
家族以上に家族らしい、家族。
 物が、なければ、きっと私は生きて居なかった。


──だから、ずっと、何よりも、物が、好き。



コッチヲミロヨオオオオ!!

コッチヲミロヨオオオオ!!

コッチヲミロヨオオオオ!!

ナンデミナインダー!!!

(キライダ……家に、入って来ちゃったんだ……)

 私を探して居る。
私は、すぐそばに倒れているのに。
部屋が真っ暗だからか、気付かず歩いて行く。ぴちゃ、ぴちゃ、水音の混じる足音が、振動となり伝わる。
キライダアアアアアアアアア!!
キライダアアアアアアアアア!!
キライダアアアアアアアアア!!!

 呻くような、不気味な声が、嫌いだ、を繰り返す。起き上がったら、キライダと戦うことになるのだろうか。

──オマエダッテソーダ!!ソージャン!!
ソージャン!!ソージャン!!

 キライダが叫び散らす。
少し遅れて、ロボットが、私がいるにも関わらず、部屋に、レーザを向けてくる。キライダにも私にもあたっていない。
 何かに反応したのか急に、手のひらのわっかが、意思を持つかのように飛び出ていく。
 うわっ。私は目で慌てて探した。はやく、はやく、見付けないと。
 あせる私の横で、キライダがそれを拾う。そしてあろうことかそれを伸ばし、ピン、と跳ねるように打ったらしい。

 それは、豪速ですぐそばの壁にぶつかると弾ける。壁はどろどろとした液体を垂れ流しながら、表面を少し削られていた。
煙が舞い、土の独特なにおいがする。

まるで小さい銃弾みたいだ。あんなのに当たったら……
 近いだけあり、ロボットより命中精度が高そうだ。キライダは大笑いしながら、またわっかを探して歩く。
「アハッ。アハハハハハハハハハアハハハハハハハハハアハハハハハハハハハ!!!」

 キライダは卑しく笑いながらも誰にともなく何かを言う。

こ、ころが……!
キライダの声を聞くと心が、感情が吸い込まれるかのような、不思議な感覚がうまれる。
何処からともなく声が聞こえる。

『意地でも嫌われたいその命──気に入った』

(──なに……?)
 何か、言われた気がするが。
どろどろしたものがからだにまとわりつく。部屋辺りの様子も、なんだか先ほど以上に暗く淀んでいる。
 身体から流れた血がゆっくりと床に染みると、みるみるうちにそこから植物が生え出した。
そして家を飲み込む勢いで、植物は根を張り始める。

「嫌いだ……嫌いだ……!嫌いはここにあったか! 嫌いは、壊してやれ!」

 ──イクナアアアアアアアア!!!
玄関の方から叫び声がする。

「愛しか語らない! 恋しか語らない! 目を合わせるものは人間でなくてはならない! 会話するのは人間でなくてはならない────自我は全て破壊し、あいつを見なくてはならない」

イクナアアアアアアアア────!!

 身体から意識が抜ける。まるで浮いているみたいにふわふわと身体が軽い。
根を張る植物が、再現された現場を少しずつ侵食しているようだが、身体を動かして確認出来ない。
 キライダアアアアアアアアア!!!
 先ほど拾ったわっかを指に嵌めながら、キライダが叫ぶ。

──キライダアアアアアアアアア!!!
 指に嵌めたわっかが、光りながら、周囲にわっかを飛ばすと、それが当たった箇所から人の手のようなものや苦しそうな顔が生え、所々が絶望的な雰囲気の場所に変貌していく。

キライダアアアアアアアアア────!
キライダアアアアアアアアア────!