椅子こん!




 もしもあの装置が、まだ作られていたとしたら。
場所そのものを露骨なまでに再現してしまうとしたら。
わたしのなかに嫌な予感がした。
 椅子さんが、食い止めているのはそのものを持って来ようとするのが愚かだからだ。
薄めない原液の猛毒ようなものなのだろう。
もしかして本当にママが反対していたあの装置に、利益に目がくらんで、手を出してしまったんだろうか。
アサヒが倒れてくる。わたしは慌てて抱き止めた。

「……アサヒ?」

 アサヒは苦しそうにもがきながらゆっくりと身体を起こすと錯乱状態のようになり頭を振り乱した。

「アアアアアアアアー!! ウアアアアアアアアアアアー!! 孤独が悪か!!!

孤独が悪か!!!

孤独が、悪か!!!
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「アサヒ……」

アサヒなのだろうか。それとも、ちがう誰かだろうか。

「勝手に!! 勝手に結び付くな!! 勝手に孤独を否定するな!! ここには無がある!! 有を生む為の至上の極限がある!!! 至上の極限は個であり、個以外ではない!!!」

 椅子さん、を見上げる。何も言わなかったが、なんとなく言っていることがわかるような気がした。何かの影響なのだろう。

「おーい!」
 呆然とアサヒを見ていると、遠くの方から、めぐめぐが市庁舎の後ろの方から走って来る。代わりに気が付くと、せつは居なかった。

「アサヒ、どうしたの」
めぐめぐが眉を寄せながらたずねるが、わたしにもよくわからない。

「わからない。いきなり、こんな風になって……」

「実はさっき、向こうの方でも、似たように具合が悪そうな女の子を見たけど、知り合い?」

「……いえ、知らない。でも具合が悪そうなの?」

「うん。なんだか、無の極致は至上である、とか言ってたけど」

 アサヒと同じだ。

「たぶん、無は何でも生み出せる。
唯一の個であるっていう教えみたいなのじゃないかな」

 めぐめぐが考え込む。
どうして、それを叫びだしたんだろう。そう考えてみて思い当たるのはあの昔話だった。
 どんな重要な理由かはわからないが、ロボットが強引に空間を再現すると同時に、
本来なら救えもしない孤独が生まれる。
 わたしがそこに向かいたいと言うので、孤独を愛する神様に、心を痛める気持ちもあるのかもしれない。


「やっぱり障りのようなものなのかも」

孤独が悪か。

 ──と、道を走っていた車が停車する音がした。

「孤独は悪じゃないよ。
人間が生まれるときも、人間が旅立つときも」

 金髪の子が中から降りて来て言う。

「めぐめぐが市庁舎につれてかれたと思ってたら、
なんか急に椅子が職員と揉み合う騒ぎになって、外出てみたら強盗で通行止めっていうじゃない……意味がわからない」

「みずち!」
めぐめぐが嬉しそうに声をあげる。
「盗撮の抗議はどう?」

「証拠がない、って何を言っても、何を聞いても、話を強引にごまかして進まないんだわ。なぜか市長と面談することになりそうだったところで、椅子さんが乱入して……もしかして助けに来てくれたのかな」

その椅子さんは、頭上に浮いたまま、こちらを静かに見下ろしていた。カグヤのおばあちゃんとカグヤも心配だけど、と話が続いていくところではあったが、わたしには時間がないため、二人に率直に聞いた。

「今、この辺りは強盗が出たっていうことになってるの!?」

「あぁ、通行止め。なにが盗られたか聞いてもなんも教えてくれない」

みずち、が首肯く。
わたしは手短に、理由は謎だが、すぐそこにいるロボット兵器が半端に強い空間を作り出してておねえちゃんがそこに向かってしまった話をした。二人は驚きつつ、改めて目の前のそれと、近くにいる虚ろなおねえちゃんに目を向ける。

「もしかして…………昔テレビでやってたあれのことかも」
 めぐめぐが何か思い当たるように呟く。
「呪い、祟りを押し退けるために産み出された環境を再現するとかって……」

「バカじゃないの!? フツーに禁忌。ってか再現したらそれだけ強いじゃん」
みずちが呆れ返る。

「教祖さまはそれに匹敵する強さだから向かえば祓えるとか」
「…………わけわかんない」

みずちが、それよりなぜ強盗?
と疑問そうにする。

再現された空間に閉じ込められるおねえちゃんの話と、ロボット兵器の空間再現、それらが強盗というのはどんな理屈だ?
 まるで何か盗ったみたいな言い草だ。

「それでアサヒも心配だけど、おねえちゃんを助けに行かなきゃいけないの」

 わたしが言うと、めぐめぐが頷いた。

「りょ。なんか知らんがこの場はリア充撲滅隊に任せな! 行ってらっしゃい」


────

「椅子さん」
わたしは頭上を見上げて椅子さんに呼び掛ける。
椅子さんは静かにわたしの方に触手のひとつを伸ばしてきた。
 身体が眩しい輝きに包まれると意識がゆっくりと闇に沈んでいき周りが見えなくなる。
 瞼を閉じると、世界のあらゆるすべてを憎むような鋭い気持ちがわたしのなかに流れ込んできた。けど、不思議。

(心地良い……)

許せない、救われもしない、助からない、すべての感情が、同時に自分にある感情の一部のように溶けて心に染み込んでいく。
 痛い、とか苦しい、見たくない、という気持ちはそもそも本人に近い者の、その通りの感情か、他人の勝手な推測で膨れ上がるずれた感情だ。

 だからわたしはそのような推測はしなかった。理屈ではないけれど、ただ目の前だけを見つめなければ、空間に拒まれて二度と出られないような気がするから。

──あなたには、怒る権利がある。わたしにも。


 目を開けたときに居たのは、いつもの44街だった。ただし、いくつかの家がまだ真新しく、爆破されたりしていないことを除いて。

「──ここ、は……」

近くにある一軒家の前に、ロボットがある。ロボットは指にはめた光のわっかを家に向かって飛ばして居た。わたしは、恐る恐る玄関から中へと向かう。倒されたプランターや植木、綿がはみ出た人形。
何より、肉と油の濃いにおいが立ち込めていて異様な空気だ。

「う……」

 思わず口もとを押さえる。ここに、彼女は居るのだろうか。
なんとなく、アサヒが一緒に来なくて良かったと思う。自分のことのようにすぐ熱くなるだろうから。こっちまで感情がおかしくなって冷静に目の前の景色を見ていられないだろう。
 そう考えると、神様が止めてくださったのかもしれない。

「……大丈夫、大丈夫」

自分に言い聞かせながら玄関から足を踏み出したと同時に、目の前に不思議な人型が現れた。顔はないけど、意思はあるようで、わたしを見た途端に騒ぎ出す。

「イクナアアアアア!!! イクナアアアアア!!イクナ警報発令!!」


2021.3/30.13:03