せつが悲痛な声で言う。
「悪魔が嫌われなくなったら私どうやって自分を励ましたらいいの…………」
救われた、と。
傲慢に、身勝手に、見下ろすように。
辺りに、パン、と軽い音が響いた。
わたしは思わずせつを叩いていた。
「さっきから聞いていれば、勝手過ぎる。孤独だからって他人にわかって貰えるなんて思わないで。
あなたと違って、悪魔と呼ばれても必死に受け止めて生きてる彼女への侮辱だよ」
せつは何が起きたかわからない、という感じで目を見開いている。市庁舎まではすぐそこだった。アサヒはなにも言わない。
イライラする。
わたしだってそう、自分をわかってくれる、なんて誰かに期待したりはしない。
するだけ無駄だからだ。
それこそ、何様なのか、と思う。他人の人生に自分をわからせてなんの意味がある。
気持ち悪い。いつだって自分をわかるのは自分しかいない。
────わたしの車は、市庁舎の近くで何か戸惑っているような感じがした。
走って向かっていくと、巨大なロボットが市庁舎の前に立っており、その横におねえちゃんが虚ろな目をして座っていて、両脇をクラスターが固定していて、車のおもちゃは彼女たちのそばを不安そうにくるくると回っていた。
「おねえちゃん!」
声をかけるが、わたしが見えていないらしい。通行人がちらほらいるものの、みんな遠巻きに見るだけで去っていく。
アサヒも唖然としている。
「なんだこれ──こんな兵器が……どこから……」
せつが泣き叫んだ。
「いやああああ! わだじを、わがっでぐれるのぉ……!!! ねぇ、私だよ……!! 行かないで……!!行かないでえええ!!
行かないで……私を観て……私を観てええ!!あなたのなかに、私が居ないのが、さみじい…………なんで、私を観てないの? 今、私、横に居るのになんで、私を今、観てないのおおおおお!!! あなたのなかに、私が居ないの!! 許せない!」
アサヒが冷静に「いや、あの状態でなんでお前を見てられるんだよ」と突っ込む。
見た限り、とてもそんなことに意識を使ってられないだろう。
「彼女のなかに、あんたは居ないよ」
せつが絶叫する。
「そんなの許せないいいいい!!!
私も、あの中に入る!!
私を、意識しなさい!!!
あなたのなかに、私が居なきゃ許せない!!!!」
アサヒが引いている。せつが強引に走り出して、彼女の首根っこを掴もうとするので
さらに引いていた。
「いやあああ! 離して!!痛みだけでも!!痛みだけでも刻んでやる!!彼女のなかに!!私を刻んでやる!!!
痛みだけでも!!!私を見なさい!!忌ま忌ましい悪魔!!」
なぜか、歩道に座っている彼女はやはり虚ろな目をしていて、見えるもの聞こえるもの全てに怯えているようだった。
(なにかを、見ている──?)
そこにせつが乱入し、わめきたてるが、それすら聞こえていないようだ。
自分が悪魔、のなかに居ないことがそれほどまでに許せない事だったらしい。顔を真っ赤にして、叫んでいたが、彼女自身が極力他人との関わりを避けて過ごしていたらしいし、彼女のなかにせつが居ないのは至極当然な気がする。
「運命で!繋がってるのお!私が見ているように、悪魔も私のこと見ていて二人は愛しあっ」
「──落ち着けよ、どうしたんだよ」
アサヒが引いている。
せつはじろ、とアサヒを睨んでいた。
そして、なにやらぶつぶつと愚痴を呟く。
「チッ、まさか、知り合いが出来るなんて……なんで間違えたかな、彼女が私以外の友人を作る前に殺しておくんだった、まさか観察屋が墜落するとか思わないし、そもそもまさか爆破した先の子が生きてるとか思わないし……そもそも椅子と届けを出すなんて予想外だったしあぁ! せっかくイメチェンしたのに、せっかく性格を合わせて、話題も私に似合うようにアレンジしてみんなに言い聞かせて、私に合わせて性格を変えて、悪魔に合わせて生活を変えたのになんでかな」
せつがぼそぼそうるさいが、しかし小声だし早口なので、わたしにはあまり聞こえなかった。
「車さん」
わたしは車さんに声をかける。
車さんはじっと、わたしを見ている。
彼女がなにを見ているかはわからないが、辺り一体には、凄く、嫌な空気がまとわりついている。
「痛みだけでも!!彼女のなかに私がいないと許せない!!」
彼女のもとに駆け寄ろうとするせつを、アサヒが引きぎみに止めている。
「お前が痛みだとか存在を刻んだところでアレにはなんの意味もないだろ!」
「いーやーー! 絶対やる、絶対やる、絶対や・る! 私だって可哀想だ! 私も姉たちに虐待されてたんだ!! 孤独だ! 絶対わかってくれる」
せつが謎の決意で我が儘を貫く一方、 おねえちゃんは座り込んだかと思えば立ち上がり、虚ろな目をしたままロボットに向かっていく。その目を見ていると今の完全に何かの世界に居る彼女にせつの存在が意味を為すわけがないことが実感出来る。
彼女がなにかを見ているのだとしてもこちらからはよくわからないが、それでも、出来ることが、ないだろうか。
「アーチ、虐待で検索して見たが、記事はせつの話は違うと語ってる」
アサヒが端末を見て言うと、せつはさらに叫んだ。
「そんな嘘の記事!! 名誉毀損!! やっぱり悪魔しか私をわかってくれない!!!姉たちの悪行が知られていないなんて!!」
……。おねえちゃんのほうを見る。
ロボットが何かしているのか、彼女は時折何かを避けるしぐさをする。しかし見えない意思で動いているので、一体なにをしているかはわからなかった。
「こんなに派手に暴れてるのに、周りはなんで気が付かないんだ?」
アサヒがぼそっと呟く。そのまま市庁舎の上の方を見ようとして、わたしを呼ぶ。指さされた市庁舎の屋根上には、あの椅子さんが居た。
「椅子さん……?」
そのとき、アサヒの周りの空気が突然変わり、私、と言い出した。
「え?」
「──今、私には、この次元からの嫌な気を、この場で食い止めることしか出来ない……」
「……あ、アサヒ?」
「こうして、奴が持ちだそうとしたそのものを抑え込んで居るのだが、そうすると、今度はその中に向かわされた彼女のもとに行くには些か……」
ロボットの周り、彼女の周り、そしてその周りを、椅子さんのクラスター効果で広く覆っているらしい。騒ぎにならないのと関係があるのだろうか。
「ねぇ、そこに、おねえちゃんが、居るの?」
アサヒを、いや、アサヒではない誰かを、わたしはじっと見つめる。
椅子さんが、僅かに微笑んだ、気がした。
「椅子さん?」
「そこの、でかいのが半端に再現した
空間、その中に、居るな。
連れていくくらいは造作もないのだが──」
「わたし、行きます、連れていって」
次元とか、再現した、とか、雑誌のことが頭をよぎる。



