椅子こん!






「申し訳ございません、近辺は、現在通行止めとなっています」

 通勤に使ういつもの道が看板でふさがっていたので女は一旦道に車を止めた。
誘導係の男が右折するようにと促している。思わず開いた窓から声をかけていた。
「何かあったんですか?」

辺りをうかがうように見渡した後、誘導の男がニヤニヤと答える。
「──秘密ですよ、強盗が現れまして、その関係なんですよ」

「強盗。この辺りで!?」

銀行とかならわかるが、市庁舎に、何かあるだろうか。彼女には見当もつかない。

「今世の中、恋愛で大変だっていうのに、陰気な野郎も居るもんですよ。人のものを盗むなんて、なにを考えて居るんだか」

「人のもの──誰のものなんですか?」

「いやぁ、私も、それは言えないんですけどね」

近道だったのに。通行止めは不便だなと思うものの、彼女は大人しく右折する。
 なんて理不尽だろう。工事ならわかるが、人のものを盗む、人のせいで通行止めなのだ。とは考えてもしょうがないか。

「そういえば、恋愛も、人のものを盗む行為よね──」

あんな意地汚い醜い奪い合いを、わざわざ美化してみんなに強制するのだから、あれこそが犯罪者を生むと思うのだが──その本心を口にすることは許されていない。

「ったく、他人を好きになることの何が面白いのよ」
 他人を好きな人って全員もれなく、何か偉そうで、気取っていて、気色悪い。
大学デビューして変なほうに性格が変わった友人のような、よく言えば初々しく、悪く言えば痛々しい。悪いものに憑かれたみたいに虚ろな目をして、ふらふらと彷徨う
姿が、人間が人間に洗脳されているみたいで不気味だ。

「強盗だなんだって言ったって、恋愛をすることだけは、犯罪者じゃないんだから、世の中って異常」

 呟きながら、ミラーの隅を見る。
そこには猫の写真が貼られていて、思わずにやけた。
彼女は飼っている猫と恋人届けを提出した。別に好きな相手がいるわけではないが、強制されるとなれば、いちばん可愛がっているのは猫のナナだからだ。
「ナナは良い子で居るかな……」

右折した道を曲がっていると、その先では渋滞していた。

「ああ? 電柱の何が悪いんだコラ!」

「人間の形をしてないと、人・間・の・形を!」

前方、線を挟んで、道の左右でドライバーが言い争う。44街ではよくある風景。今ではどんな恋人かでマウントを取り合う人まで現れている。
 広い車道に続く道で渋滞を待っていると、通学途中の異様に距離が近い女子高生二人組が歩道を歩いていった。端末を見ながら盛り上がる。スクールバッグと髪にお揃いのピンを付けていた。

「見て見て、炎上してる!」

「うわ、バカだ、恋愛を批判するようなこと書くから!」

「恋はみんなの幸せじゃんね? 幸せが嫌いな人は居ないのに」

 イライラが収まらない。
だって、キモいじゃない。事実。
何がわるいのよ?
どうして、あの洗脳されたような不気味な目を、キモいって言ったらいけないの?
みんな内心は思ってない?
──不安にかられるのは、私だけなのだろうか、という不安にかられる。

「恋・愛☆最・高☆む~ねキューンキューン☆Foooo!」

「恋・愛☆最・高☆む~ねキューンキューン!!!」

争っていたドライバーたちがやがて歌い始めた。意気投合したんだろうか。

「姿形は違っても~!」

「みんな何かに恋してる~!」

うっせぇわ!

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