椅子こん!




 アサヒの家は、そこそこな一軒家だった。木造の二階建て。
この外観を、コロニアルスタイルというらしい。コロニアルは植民地を意味する名前だ。 

 ドアを開け、ちょっと靴が脱ぎ散らかされほこりっぽい玄関を抜けて、中に入って
──驚いたのは、中は足の踏み場もないくらいに雑誌などが散乱していたこと。
彼曰く「ちょっと散らかってるが、気にしないでくれ!」

「……」

 アサヒが奥の部屋に着替えをとりに行く間、リビングらしき場所のあちこちに置かれたさまざまな雑誌を眺めていた。
周囲を見渡す。ろくに帰ってなさそうな荒れ具合のわりに、この貯蔵量。買溜めだろうか。もはやもとがどんな部屋だったのかわからない。

 書類が積み上げられた部屋は、別の嫌な記憶と重なり、心のなかに暗い影を落とす。
(本が、沢山ある部屋……やっぱりにがてだな)
本が、嫌いなわけではないけど、わたしの嫌な記憶といえば本が部屋に積み上げられた部屋は定番だった。まずパパがそうだった。本を沢山買い込み部屋に籠り何かあれば怒鳴りつける。あのイメージが消えないから、本に囲まれた部屋を見ると思いださずにはいられない。その後ママが、コラムや本を書くようになり、今も行方不明。

(…………)

 ふと雑誌のなかに、ママの名前が入った雑誌を見つけた。
古い、噂などを面白おかしく描いた週刊誌。コラムにママも参加してるようだ。
特集には恋愛総合化学会の謎の動き、とあった。占い師もしている女の人が解説までしていて、いかにもあやしそうだったので、興味をひかれた。

《人間や生き物は好き、嫌いという強い感情を残して怪物になってしまう場合がある────嬉しかったこと、悲しかったことどちらも覚えているうちはまだ生きていられる。
 怪物になってしまうと、一番強い感情にとらわれてしまう。強い苦しみを持っていて死ぬと苦しみの権化になってしまう場合がある。
 そのものはその感情しか覚えていないんです。呪いに利用されるのはこういった魂です、我々が持つ、好きだ、嫌いだ、幸せだ、憎いといった感情はとてつもないエネルギーを秘めているんです。私たちが普段結晶として見ているもの──あれは私たちの希望にも絶望にもなりうるのです》

占い師の次に雑誌記者の南川さんの記事が始まる。「恋愛総合化学会は……『その呪いが出来上がる現象』を再現することに関心を持っており、実験の支援・協力者の証言や観察した映像をもとに現場再現をする装置を作っている噂がある……呪いの中に入り込んで、どうにか浄化するねらいと見られ──」

 近いページにあるコラムの方を読むと、ママが無理矢理学会側が再現することに反対しているような内容だった。

(浄化、あの怪物を倒すこと……?)

 運命のつがい、が魔のものを遠ざける、と学会のパンフレットにもあったように、そういった対象自体を意識して出来た団体であることは間違いなさそうだが、他人が装置で露骨に現場を再現してもよいのだろうか。
(そもそも装置を作るなら、つがいは要らなくない?)

 怪物化、という文字からあの家に居た怪物と戦ったときを思い出す。わたしは共感出来なかった。
共感よりもむしろ、怖くて、気味が悪くて

(──そう、感じてしまったときに、再現された空間に居たらどうだろう?)
露骨に生々しく、否定されて、駆除されるなんて余計に惨めだ。お姉ちゃんは確かに戦っていたけど、呪いに入り込もうとしては居なかった。
「駆除される、か……まるで駆除だ……そんな風に気軽に関わっていいのかな」

それとも。
本当は──こんなのも、観察屋の建前でしかなくて、薄気味悪い奴を便利に使って何が悪いのかと、そう思っているのだろうか。


「何読んでるんだ?」

「わああああああっ!!」

驚いて咄嗟に、近くの雑誌をつかむ。

「ふーん……まだ小学生には早いな」

アサヒはニヤニヤしながら頷いている。

「え?」

何気なく手にしていた雑誌のページがめくれている。そこには『コートの下は裸!』という、 コートの前を広げた裸の女の人が横たわる写真特集があった。
《めちゃくちゃ変質者!》《いぇーい! マスター見てる?(^-^)v》などとふざけた文字がページに踊る。
「わ、わわわわわわ……違うの!」

「ほう、ホットな新人、チョコちゃんのホットチョコ……スパイシーな装いも魅力的」

 わたしの手から雑誌を拾い上げると彼はニヤニヤしながら読み始めた。

「読み上げないで!」

「何をいう。これは立派なアート!
チョコちゃんもいいけど、シナモン、クローブ、サンショウ、チリペッパー、
みんな着こなしが違うんだ。
コートの下が裸と言ったって奥が深い!」

アサヒがやけに熱く解説している。
コートの下が裸がそんなに良いのか。

「そ、それより、もう準備出来たの?」

「あぁ。いつもあちこちを飛んでたからな、こういうのは慣れてるんだ」

「……そっか」

聞いてみる?
どうしよう、一瞬悩んだ。

「あの、アサヒ」

「ん?」

「観察屋が、盗撮した素材を、どうするかって知ってる?」

アサヒはなんてことないように肩をすくめた。
「────さぁな。俺はそれを聞こうとしてクビにされたんだ」

「だよ、ね」

 装置が、装置が、脳裏に浮かぶ怪しい記事。ママのコラムもあるくらいだから、聞いても不自然じゃないかも。だけど、それとなく聞こうとしてもそんな胡散臭い記事は非現実的だって、笑われてしまうかもしれない。さっさと出るぞとせかされ、わたしはアサヒと家をあとにした。


「────?」

 外気に肌が触れたとき、同時にぶわっと肌が波立ったような寒気がした。
わたしの車が何かを察知したらしい。
 スキダの影響なのか気配というか、車が何をしているかはなんとなくだけど、想像がつく。走り出したわたしをアサヒが追いかける。
「どうしたんだよ!」
「市庁舎のほう……行かなくちゃ、車が、車がなんか変なの」
「車?」
ガードレールに囲まれた歩道を走り、すぐそこの停留所につく途端に、アサヒは「バスを待とう」と言う。ここまではバスで来たので、自然な流れだった。
「わかった……」
早く行きたいけれど、近いのはちょうどあと10分くらいで乗ることが出来る。
 急いだって車のほうが早そうだし、体力は大事だ。頷いて停留所に足を止める。幸いほとんど並んでいなくて数人の先客がいたくらいなのもあって素直に従った。
 ほとんどがお年寄り。

 でもなんだか変。わたしたちの前にいるおばあさんたちが、アーチ、アーチじゃない? と噂しているのだ。

「アーチ?」

5、6人くらいの列の先頭に、赤いメガネをかけた少女が腕を組んで立っていた。

「アーチ」

「アーチよね……なんで此処に」

おばあさんたちは彼女のことを、アーチ、と呼んでいるらしい。
本当に、なんで此処に。
 アーチ、はわたしたちの方をじろっとにらむように見つめた。
「……ふうん」と、何か面白がるような、見下しているようなリアクションをする。

「アーチ、ってやめてよ──ここでは、私は竹野せつ。せつって呼びなさい」

 おばあさんたちがしんとする。
竹野せつ。アーチ、と呼ばれる彼女が、なんの用事だろう。と思ったら、先頭からあっさり後列まで駆け寄ってこちらに話しかけてきた。
「ねっ、悪魔は?」
「悪魔……?」
「あなたたちと一緒にいる。あのコよ」
「お前が、クロか?」

アサヒが突如割り入って来た。
彼女はなにも言わず、動き出した列に従いバスに乗り込む。わたしたちも続いた。

───

 44街のいつもの景色が、視界の隅に流れていく。
アサヒとわたしが最後列の長い座席に座ると、なぜか彼女はわたしの前に座った。
「ねぇ」
景色を眺めるくらいしかすることないな、と思っていたのに、アーチ……竹野せつは話しかけてくる。
「さっきの、クロってどういう意味、アサヒ?」
「ははぁ、俺のことも、調査済み、か……」
アサヒが苦笑する。
せつはなんてことないように首肯く。
「親切な友達が居るから、大体の情報は手には入るの」

「なるほどな──まずは、アーチについて教えてくれよ、
さっき歩いてるときに思い出していた。
お前の顔、そういえばニュースで、見た気がするんだ……芸能人か何かか、アーチ、アーチ、って…………俺が集めてた雑誌とかにも確か……」

せつは少し嫌そうにしながらもすんなり答えた。
「有名人だから、当たり前じゃない」
 やはりそうなんだ。彼女はどことなくインタビュー慣れしているような堂々とした雰囲気がある。

「アーチはちょっとした団体の、偉い地位の名前だから」

 ちょっとした団体、で理解したのかアサヒは何か言いかけて口をつぐんだ。周りの目を気にしているらしい。
「あなたたちは、あの悪魔とどういう関係? クロと関係があるの?」

せつの方は、有名人でありながらも、周りを気にすることなく、むしろニヤニヤしながら質問攻めにする。テンションが高いらしい。
 対してアサヒの目付きが鋭くなり、声音がやや悲痛なものになった。
「あいつは──悪魔なんかじゃない……」

「悪魔じゃないなら、何、祟り?」

「──人間だ」

わたしもすかさず口を挟んだ。
「そうだよ、勝手なことを言わないで」
 同時に誰かがボタンを押したらしく、アナウンスがかかる。つぎ、とまります、がバスの液晶に表示された。
 未だせつは降りる様子がない。
行き先が同じなのだろうか。

「なぜ、『お前たち』はその表現に拘る。悪魔だ祟りだって、まるで、貶めるみたいじゃないか」

「えー、そんなつもりは、ないんだけど」

お前たち、とアサヒは言う。
集団が背後にあって、全体で行われたことだという認識があるからだった。会話の間にも、バスが前へ進んでいく。乗る人が減っていき私たちくらいになった頃、アサヒはこっそりとわたしに囁いた。
「さっき思い出したよ。アーチは昔流行っていたカルト宗教団体の、娘の名前だ。後にテロリスト団体として名を馳せた後、主導者が逮捕された」

 取り残された信者たちが今でも外国人や事件を知らない若者をターゲットに、ひっそりと続けている噂があったが、あまり深くは報道されていないという。
「国内で騒がれたとしても今も隣国で信者を集めているとしたら、いろいろと辻褄が合うんだ」


 市庁舎の近くの景色が見えてきて、そろそろ降りる頃だ、と思って立ち上がると同時に、せつが料金を払ってバスから降りる。
わたしたちも降りた。
市庁舎の方に向かっているとせつもついてきた。

「ついてくるのか?」

「用事あるし。クロって何の話か気になるし、悪魔の──」

「企業などに潜んで個人情報を売り渡す奴だよ。お前たちが」

バスが共に去っていくのを横目に、アサヒはどこか、気まずそうに、けれどハッキリと聞いた。

「44街の、特定の個人の情報を、隣国に売り渡して居るんだろう。
乗っ取るために、お前もその協力をしてる」

「え? 私はただ──!」

「悪魔だとか祟りとかも本物を消す為に、皆を誘導してるんだ」

「い……」

せつは、突然ふらついた。
頭を抱えて目を見開く。

「なによ、悪魔じゃない、なんて……
なによ、いきなり現れておいて……な、なによ…………あんなに、みんなに、嫌うようにって、教えてるのに……なに、こいつら」

「お、おい……頭が痛いのか?」

「行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで……愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで」

「な、なんだこいつ、気持ち悪」

アサヒとわたしは少し引いていた。
せつは取り乱しながらわたしたちを睨む。

「あ、悪魔は私のものっ! 私、悪魔が好きなのっ! アサヒには負けない」

「はぁ?」

「だって迫害なら私だって、アーチ、アーチ、ってみんなに噂されるから独りぼっちだし、いや、行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで私をわかってくれるの、私をわかってくれるの、わかってくれるのは悪魔だけ悪魔悪魔悪魔行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで!
悪魔が嫌われなくなったら私どうやって自分を励ましたらいいの…………」

 迫害、とはいうがせつがやって居たのはその悪魔のフリだ。要は生活密着型のなりすまし。スパイで、迫害の要因そのものだった。生まれが選べないのはどうしようもないが、自分が嫌なことをさせて、喜んでるのかというのが素直な感覚だった。それをわかってくれるなんてさすがに傲慢過ぎるけれど、それほどせつの周りには誰もいないのだろう。

「許さない。私以外と会話するなんて、許さない」

「お前も特に話してないだろ……」

(20213/240:18)