東京にきて2年が経つ。高層ビルのひとつもないような田舎町から突然、灯りの粒が繋がる街へとやってきた僕は、時々ひどく泣きたくなることがある。それは騒がしい電車の音や、人工的な光の粒や、星の見えない夜の空が、そうさせるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。本当のところなんてなにもわからないけれど、ただ、毎日見える電車からの景色が、現実味を帯びていない気がするのだ。

 柊木ナルと出会ったのは大学に入ってすぐだ。

 頭の出来は決して良くなかった。難しい話をすると眉間に皺を寄せて少し考えるフリをする。本当は何も分かっていないので、そのうちヘラリとわらって『なるほどね』と誤魔化すのだった。笑ってなにかを誤魔化すのは彼女の特技だった。よく笑うので、一見とても明るくてやさしいと勘違いするのだけれど、彼女の中の確固たる芯は決して動くことがなく、誰もその真ん中を射抜くことができなかった。だからこそ彼女のことはわかりそうでわからなくて、どこか不安定で、どうしようもなく、ずっと僕の中に居座り続けている。魚が水の中を泳いでいくとき、水中にやわらかな曲線が見えるだろう、そういう不確かなものと、彼女はどこか似ているのだ。