擦れないようゆっくり歩き階段の縁に溜息付いて座ると、右手の中でバイブ音が響いた。

驚くことに画面には"Ryo"と表示されている。

……まさか藤井君?


「……はい」


《藤井です。今いい?》


ドキドキしながら恐る恐る応答すると、藤井君の少し緊張気味の声が聞こえてきた。

やっぱり藤井君……。

心臓が、一気に騒がしくなり体温が急上昇しながら慌てて口を開いた。


「はい」


《突然ごめんね》


「いえ、とんでもないです」


初めての電話に緊張してつい業務的になると、声を抑えて笑ってると感じ取れた。


《あ、純と一緒?》


「……ひとり」


急に小声の問いに答えると、安堵の息が聞こえてきた。


《良かった~。鳴らしてからヤバいって気付いてさ。あのさ、車に水色の花のイヤリング落ちてたんだけど》


「あ、私の。良かった~ありがとう」


ネモフィラの花の可愛いイヤリングは、妹の手作り。


《すっげ似合ってた。めちゃくちゃ可愛……あ~今どこ?》


お世辞でなく心からの褒め言葉をサラリ言ってのけるが、急に照れたのが伝わり私も照れ笑いする。

でもまたすぐブルーな気分に……。


「どこ……かな?」


《……とは?》


「知多なんだけど迷子で……」


上手く説明出来ないもどかしさと心細さの中、あなたの声にホッとして我慢していた涙が溢れるのを必死に堪えた。


《かおりちゃん? 大丈夫? ……落ち着いて。近くに店ない?ゆっくり探して》


あなたの優しい声と安堵感からますます涙が止まらなくなるけれど、辛抱強く待ち続けてくれたおかげで徐々に落ち着きを取り戻した。


「住宅街で……あ! カフェっぽい」


立ち上がり覗き込むと、西に10M程先に小さな看板が見え珈琲と書かれていた。


《持ってるな~。じゃあそこに居て、迎えに行く。後で店名と簡単な地図送って。じゃあ気を付けて。特にナンパに》


まるで近所のコンビニに行く口ぶりに唖然……。

その間に通話終了音が耳に響いた。

嘘……本気?

偶然近くに?

凄く凄く嬉しいけど……。

タクシーで最寄り駅まで行こうと折り返すが通話中。

でもすっかり平静を取り戻した私は、鮮やかな蒼い空を見上げあなたの優しい声の余韻に浸り再び静かに座る。

そして右足の甲にバンドエイドを貼りお店に向かって歩き始めた。