「はあ……」

「またため息ついてんの?」


今日も朝陽はため息をつく。

夏ももう終わりと言いたいところだけど、9月中旬はまだまだ夏のように暑い。

昼間の熱気が夜の闇の中をはびこっていて、外に出た瞬間から汗がじっとりとパジャマ代わりの半袖Tシャツを濡らす。

重苦しい夜の空気を、朝陽のため息がさらに重たくしていく。

彼女との恋に進展がないことに、いよいよ嫌気がさしているのだろうか。

もうやめてしまえばいいのに、そんな恋。


「今日はどうしたの?」


と一応形式上聞いてみながら、私はいつも通り階段に座った。

石造りの階段はひんやりしていて気持ちいい。


「彼女さあ……」


その第一声に、私の耳が大きくなる。


「二学期になってから、テニスコートの前にいないんだよね。掃除当番なのに。

 ゴミ捨ては行ってるみたいなんだけど、テニス部の前を走って通り過ぎてくんだよ」


「うん」

「おかしいなって思ったら、彼女、本田に告白したらしいんだ」

「お……おお……」


思わず感嘆の声が漏れた。

すごい急展開だ。


「で、どうだったの?」


私はフェンスに食い気味で身を乗り出し、その答えを待った。


「フラれたって」

「ああ……」


思わず落胆の声が漏れた。


「それは……残念だったね」


その言葉は、誰にかけたものだろう。

「彼女」にだろうか。

それとも、「自分」にだろうか。

再び「はあ……」とため息を漏らす朝陽を見た。

ため息をつきたいのはこっちなのに。


「なんで朝陽がため息? 朝陽にとっては、良いニュースでしょ?

 傷心の彼女に近づいて、あわよくば付き合えるかもしれないし。

 まあそんなの下心ありすぎてヒクけど。

 てか朝陽に傷心の彼女慰められるわけないし、そもそも話しかけられないしね」


「うーん……」


私の軽口にも反応を示さず、朝陽の表情は浮かなかった。

いつもなら「まあ、そうなんだけどね」って弱々しく笑っていそうなところなのに。


「何?」


朝陽の次の言葉を待ちきれない私は、思わず怪訝な声で尋ねた。


「あいつさあ……」

「あ、あいつ?……かつみのこと?」

「うん。そう。

 あいつ、好きな人ができたっぽい」


「そう、なんだ」



「……あいつ、彼女のこと、好きかも」



朝陽の言葉に、私の背筋がピンとなった。

そして思わず見開いた目でパッと朝陽を見た。



「……え?」



「はあああああ……」と今までにない大きくて重たいため息を吐きながら、朝陽は膝小僧に顔をうずめた。