次の日の朝、すっかり元気になった私は正門の近くで瀬名くんの背中を見つけた。正直話しかけるのは怖いけど、お礼は言わなきゃいけないよね。
そう思って、名前を呼ぶ。私の声に気づいて足を止めた瀬名くんは、振り向いてはくれなかった。

「あの、昨日はありがとう。真宮くんが、瀬名くんが運んでくれたって教えてくれて…」
「何。それ言うためにわざわざ話しかけてきたの?」
「え…?」
「まぁなんでもいいけど、お前、俺のこと好きになんのやめて。」

なに、それ…?じゃあ、瀬名くんは、嫌われたくて私に嫌がらせしてたの?なんのために?私が瀬名くんを好きになったら、なにか困ることでもあるの?なんの説明もなしに、私は傷つけられてたの?

「そんなの…そんなの、おかしいよ…!勝手すぎるよ!」

瀬名くんは驚いて、ようやく振り向いてくれた。勢いに任せて叫ぶ私の言葉を、黙って聞いてくれているのは意外だった。

「嫌われたいなら放っておいてよ…ずっと関わらなきゃ良かったのに、私が困ってるときだけ助けるだなんて、そんな都合のいいことやめてよ…」
「……」
「…最初に話したときから、私はずっと、瀬名くんのことが好きだった。何も説明されずに話せなくなるのなんて嫌だ。お願いだから、教えてよ…瀬名くんだって、つらそうだよ…?」

瀬名くんの色素の薄い瞳が揺らいで、ゆっくりと私に近づいてきた。

─そしていつの間にか、私は抱きしめられていた。

「……えま。」
「瀬名くん…?」
「いつき。いつきって、呼んで。お願い。もう、これで最後だから。最後に、するから。もう関わらないようにする。」
「……ううん、だめだよ。最後になんてしない。瀬名くんが…樹が本当のこと話してくれるまで、待つから。」
「なんで…つらいのは、笑蒔なんだよ…?俺のせいで、笑蒔が、傷つくことになるの。それなのに、」
「ふふっ。もうさんざん傷つけられたよ?」
「でも…もっと、つらいんだよ。」
「私は、樹と話せないのがいちばんつらい。」

もう、理由なんてどうでもよくなってた。今はただ、樹の腕の中にいるってだけで幸せで、これからだって幸せがたくさん待ってるんだろうなって、そう思ってた。