そして一間を置いてから、先生は来海を狙い撃ちするように彼女の目を見て言った。
「君たち自身の体調はどうなのかな? ちゃんと寝れているか? ご飯は三食食べているか? 私には無理をしているように見えてならないのだよ。」
「……やっぱ、病院の先生ってすごいんですね。」
見ただけで体の変化を感じられるようになるのは、医者様々だ。
一好と奏さんは、やはり気づいていなかったようで、面食らったような表情を浮かべていた。
「まあね。日々患者さんの微妙な変化を逃してはいけない職業だから、どうしても目が行っちゃうんだよね。」
先生は来海に対して、気を遣いながら話していた。言葉を間違えないように、気をつけているのが手に取るように分かった。
「心配しない、なんて私にもさ、出来っこないよ。けどさ、自分たちの体には気遣ってあげよう。体が資本なんだぞ?」
そう医者は穏やかな口調で言った。どこか俺らを諭すようにも聞こえた。
それから医者は近くのパイプ椅子に座ると、声色を変えて話し始めた。
「私の親戚でね、君たちと同い年くらいの子がいたんだ。亡くなってしまったけどね。」
彼は、そうしてポツリポツリと昔話を始めた。
俯いたまま顔を上げようとはせずに、うな垂れたような態勢で話していた。
「その子には一人の親友がいたんだ。名前までは聞いた事ないけど。」
自分達とは全く関係ない話のはずなのだが、なぜか全員黙って先生の話に耳を傾けていた。
「その親友君は、私の親戚の子の事をずっと考えていたんだってさ。昔にいじめられた経験があった親友に、楽しんでもらえるような遊びのプランを、夜通しで立てたんだそうだよ。」
「そんな、人想いの奴がいるんですね。」
「そうなんだよね。それでさ、徹夜して学校に行った結果、インフルエンザになって、遊びにも行けなくなったんだって。聞いた時、お腹が痛くなるほど笑った記憶があるんだ。」
それでも、先生は一向に顔を上げようとはしない。楽しい話をしているはずなのに、なぜか影が見え隠れしていた。
「でもさ、そんな最高な友達がいても、体を壊していた親戚の子は事故で亡くなったんだよ。集中力が欠如してたんだと。警察はそう言っていたよ。葬儀の日、その子が涙を流しながら言ってたって聞いたよ。自分のせいだって。自分があんな事言わなかったらって。それで親戚の子の親友は、うつ病のようになってしまった、と私は最近親戚の子の母づてで聞いたよ。」
ん? これってどこかで聞いた覚えが・・・・・・。
「だからさ、皆、心配な気持ちを時には抑えることも必要なんだよ。壊れないように自分の頭で考えなきゃいけないんだ。自分の体なんかどうでもいいなんて、今の時期に言う人間がいたら、私の前に連れてきなさい。思いっきり、叩き倒すから。」
冗談を言う頃には顔も上がっていて、困ったように笑いながらそう言った。俺の胸には先生の発言が刺さったまま残っていた。
「先生? どうしたんですか?」
来海は、先生の顔を真っすぐ見ながらそう訊いた。
しかしその不安を抱いたのは恐らく全員だっただろう。
「……分からない。どうしてか、涙が止まらないんだよ。」
先生は滝のように涙を流していた。『涙腺のダムが決壊した』という言葉そのままの状態だった。
「あの子が無くなった時にね……なぜか笑ってたんだよ……。涙を流しながらね……。」
そっか。そうだったんだね。
君の人生は豊かだったんだね。その場で笑えるほどに。
俺は、その人物のおおよその見当が付いた。
考察するのは簡単だった。
なぜならある人物から、その情報を貰っていたからである。
しかし決してこの場で口に出すことはしない。
それは先生の表情を見て、少し憚られるような気分になったから。俺はそう決心した。
「その子の人生は、多分豊かだったんですよ。」
「なぜそう言えるんだよ……。馬鹿らしくて、泣けてきたのかもしれないじゃないか……。」
辛かった人生が、こんな形で終わってしまった。
その情けなさと、自分への苛立ちと、両親や親戚への罪悪感もあって、馬鹿らしい感情に苛まれた可能性も確かにある。
「君たち自身の体調はどうなのかな? ちゃんと寝れているか? ご飯は三食食べているか? 私には無理をしているように見えてならないのだよ。」
「……やっぱ、病院の先生ってすごいんですね。」
見ただけで体の変化を感じられるようになるのは、医者様々だ。
一好と奏さんは、やはり気づいていなかったようで、面食らったような表情を浮かべていた。
「まあね。日々患者さんの微妙な変化を逃してはいけない職業だから、どうしても目が行っちゃうんだよね。」
先生は来海に対して、気を遣いながら話していた。言葉を間違えないように、気をつけているのが手に取るように分かった。
「心配しない、なんて私にもさ、出来っこないよ。けどさ、自分たちの体には気遣ってあげよう。体が資本なんだぞ?」
そう医者は穏やかな口調で言った。どこか俺らを諭すようにも聞こえた。
それから医者は近くのパイプ椅子に座ると、声色を変えて話し始めた。
「私の親戚でね、君たちと同い年くらいの子がいたんだ。亡くなってしまったけどね。」
彼は、そうしてポツリポツリと昔話を始めた。
俯いたまま顔を上げようとはせずに、うな垂れたような態勢で話していた。
「その子には一人の親友がいたんだ。名前までは聞いた事ないけど。」
自分達とは全く関係ない話のはずなのだが、なぜか全員黙って先生の話に耳を傾けていた。
「その親友君は、私の親戚の子の事をずっと考えていたんだってさ。昔にいじめられた経験があった親友に、楽しんでもらえるような遊びのプランを、夜通しで立てたんだそうだよ。」
「そんな、人想いの奴がいるんですね。」
「そうなんだよね。それでさ、徹夜して学校に行った結果、インフルエンザになって、遊びにも行けなくなったんだって。聞いた時、お腹が痛くなるほど笑った記憶があるんだ。」
それでも、先生は一向に顔を上げようとはしない。楽しい話をしているはずなのに、なぜか影が見え隠れしていた。
「でもさ、そんな最高な友達がいても、体を壊していた親戚の子は事故で亡くなったんだよ。集中力が欠如してたんだと。警察はそう言っていたよ。葬儀の日、その子が涙を流しながら言ってたって聞いたよ。自分のせいだって。自分があんな事言わなかったらって。それで親戚の子の親友は、うつ病のようになってしまった、と私は最近親戚の子の母づてで聞いたよ。」
ん? これってどこかで聞いた覚えが・・・・・・。
「だからさ、皆、心配な気持ちを時には抑えることも必要なんだよ。壊れないように自分の頭で考えなきゃいけないんだ。自分の体なんかどうでもいいなんて、今の時期に言う人間がいたら、私の前に連れてきなさい。思いっきり、叩き倒すから。」
冗談を言う頃には顔も上がっていて、困ったように笑いながらそう言った。俺の胸には先生の発言が刺さったまま残っていた。
「先生? どうしたんですか?」
来海は、先生の顔を真っすぐ見ながらそう訊いた。
しかしその不安を抱いたのは恐らく全員だっただろう。
「……分からない。どうしてか、涙が止まらないんだよ。」
先生は滝のように涙を流していた。『涙腺のダムが決壊した』という言葉そのままの状態だった。
「あの子が無くなった時にね……なぜか笑ってたんだよ……。涙を流しながらね……。」
そっか。そうだったんだね。
君の人生は豊かだったんだね。その場で笑えるほどに。
俺は、その人物のおおよその見当が付いた。
考察するのは簡単だった。
なぜならある人物から、その情報を貰っていたからである。
しかし決してこの場で口に出すことはしない。
それは先生の表情を見て、少し憚られるような気分になったから。俺はそう決心した。
「その子の人生は、多分豊かだったんですよ。」
「なぜそう言えるんだよ……。馬鹿らしくて、泣けてきたのかもしれないじゃないか……。」
辛かった人生が、こんな形で終わってしまった。
その情けなさと、自分への苛立ちと、両親や親戚への罪悪感もあって、馬鹿らしい感情に苛まれた可能性も確かにある。
