涙を流しながら唇を噛むあきと、机に拳を叩きつけた司令官は、しばしの間、整理の時間が必要だった。
「紗南、ありがとう。僕、何もできなかったよ。」
「ううん。私は二人に少し休憩を促しただけ。特別な事は何もしてない。」
僕らが失くしたものは、二人の人間の感情を、こうも取り乱させるほど大きなものだった。
今まで当たり前のようにそこにいた人が、ある日突然本性を露わにし、そして呆気なく命を落とした。
僕もこの一件に関しては、看過できる範疇を超えている。いくらあきが、友花の肩を持っていたとしても僕は司令官側についてしまうかもしれない。
それだけ友花は重大な罪を犯したのだ。
「紗南はどう思ってたんだ?」
「私はね、正直よく分からなかった。司令官と真道みたいに友花に嫌がられていた訳でもないし、あきみたいに、友花とコミュニケーションをとっていた訳でもない。私はどっち側にも付けそうにないよ。」
僕からしたら、紗南も十分友花と仲良く過ごしていた印象がある。
そんな友花が、あきに対してこんな言葉を発するのだから、よほどあきと友花の親密度は高かったのだろう。あきの、あの態度も頷ける。
「悲しくないの?」
「悲しいよ? 悲しいけどさ、あきほど悲しめないし、司令官ほど嫌気は差さない。もしかしたら、感覚ってものが無いのかもね、私。」
困ったように笑う紗南が僕の目の前にはいた。僕はそんな紗南に対して、相槌しか返せなかった。
二人は依然として、正常に物事を判断できる状態では無さそうだった。とりあえず僕と紗南は、席を外して、二人の落ち着く時を待つことにした。
「脱出できるなんて誰が決めつけた、か。真道はどう思った?」
昇降口、日陰になっている階段に、僕と紗南は腰を下ろした。そして、紗南は唐突に僕に話を振った。
「正直、面くらったよ。その可能性を考慮してなかったなって。」
「珍しいな。真道もそんなことあるんだ。お前もやっぱ、人間なんだな。」
「おいおい……。紗南は僕の事、なんだと思ってるんだよ……。」
「んー。人間以外の何か、かな。」
あきと言い紗南と言い、一貫して僕は『変人』認定されているようだった。
「妙に落ち着きすぎてるというか、この危機的環境にも関わらず、冷静に分析して、道筋を立ててるとことか、人間じゃ無理でしょ。」
素直に喜べないのはどうしてだろう。内容的には褒められているはずだが、そうは一切感じない。
でも紗南も、僕の事を認めてくれているようで、少しだけ嬉しい気分になれた。
「これからどうする?」
「んー……。今更慌てて調べても、どうしようもないからな……。こうなった以上はどうにかして、良い方向に向くよう努力するしか方法は無いんじゃないか?」
僕は漠然とした答えしか用意できなかった。
今までは、どうやってこの世界から脱出するかに焦点を当てて、話を進めて行動してきた。
会議でもみんなが出した意見を参考にして、考えて意見を出してきたつもりだった。
だから友花の言ったことが、もし真実なのであれば、僕は発言が出来なくなってしまう。その旨を紗南に話した。
「その結果、一つの重要な可能性を省いてしまった、と。」
「ああ。今日もあわせて残り五日は、そこの確認をする必要もあるな。」
「そうだけど、どうするの?」
「ん…………。僕的にはタイムアップまで足掻く事くらいしか、方法は無いと思うけど。」
「えっ……。それって、確認する方法が無いってことじゃないの?」
僕は、恐る恐る首を縦に振った。紗南はそんな僕反応を見て、溜息をついた。
「まあ、真道がそう言うんだから、多分そうなんだろうけどさ……。」
そう言う紗南の顔には、『腑に落ちていない』と大々的に書いてあるように見えた。
「何でもいいから、アイディア出してよ……。」
「んなっ……。無茶言うなって、これでも昨日からずっと考えてたんだぞ‼」
そう言うのも、深夜、あきが落ち着いて、寝息を立てている頃に、僕は一人月明かりの中で、どういう道のりがあるかを模索していた。
しかし結論はおろか、仮説すら立てられず、朝を迎えてしまったのだ。
「そうなの? というか、それでも考え付かないってことは、誰も思いつかないだろうね……。」
僕を頼りにしてくれるのは嬉しい限りだが、今回の件に関して、僕を使い物にならない人と仮定した方が、妥当な判断なのかもしれない。
「なんだ、真道なら絶対に何かしらの解決策、出してくれると思ったのに。」
紗南の期待に応えられなかったのは、申し訳なく思う。でも僕だって人間、バイオリズムがあるのだ。
「とりあえずは、今まで通りなんじゃないか?」
「あっ、逃げた。」
「逃げてないよ‼」
「なんか、動揺してない?」
そう言って笑う紗南を、僕は恨めし気に睨んだ。
「はあ、はあ……。お前やっぱ、面白いな……。」
紗南は涙を流しながら笑っていた。
「こっちは、全然面白くないわ‼」
この二人の空間に、僕は居心地の良さを覚えた。
みんなで和気藹々と過ごした、あの頃のような気兼ね無い楽しい雰囲気だった。
「紗南、ありがとう。僕、何もできなかったよ。」
「ううん。私は二人に少し休憩を促しただけ。特別な事は何もしてない。」
僕らが失くしたものは、二人の人間の感情を、こうも取り乱させるほど大きなものだった。
今まで当たり前のようにそこにいた人が、ある日突然本性を露わにし、そして呆気なく命を落とした。
僕もこの一件に関しては、看過できる範疇を超えている。いくらあきが、友花の肩を持っていたとしても僕は司令官側についてしまうかもしれない。
それだけ友花は重大な罪を犯したのだ。
「紗南はどう思ってたんだ?」
「私はね、正直よく分からなかった。司令官と真道みたいに友花に嫌がられていた訳でもないし、あきみたいに、友花とコミュニケーションをとっていた訳でもない。私はどっち側にも付けそうにないよ。」
僕からしたら、紗南も十分友花と仲良く過ごしていた印象がある。
そんな友花が、あきに対してこんな言葉を発するのだから、よほどあきと友花の親密度は高かったのだろう。あきの、あの態度も頷ける。
「悲しくないの?」
「悲しいよ? 悲しいけどさ、あきほど悲しめないし、司令官ほど嫌気は差さない。もしかしたら、感覚ってものが無いのかもね、私。」
困ったように笑う紗南が僕の目の前にはいた。僕はそんな紗南に対して、相槌しか返せなかった。
二人は依然として、正常に物事を判断できる状態では無さそうだった。とりあえず僕と紗南は、席を外して、二人の落ち着く時を待つことにした。
「脱出できるなんて誰が決めつけた、か。真道はどう思った?」
昇降口、日陰になっている階段に、僕と紗南は腰を下ろした。そして、紗南は唐突に僕に話を振った。
「正直、面くらったよ。その可能性を考慮してなかったなって。」
「珍しいな。真道もそんなことあるんだ。お前もやっぱ、人間なんだな。」
「おいおい……。紗南は僕の事、なんだと思ってるんだよ……。」
「んー。人間以外の何か、かな。」
あきと言い紗南と言い、一貫して僕は『変人』認定されているようだった。
「妙に落ち着きすぎてるというか、この危機的環境にも関わらず、冷静に分析して、道筋を立ててるとことか、人間じゃ無理でしょ。」
素直に喜べないのはどうしてだろう。内容的には褒められているはずだが、そうは一切感じない。
でも紗南も、僕の事を認めてくれているようで、少しだけ嬉しい気分になれた。
「これからどうする?」
「んー……。今更慌てて調べても、どうしようもないからな……。こうなった以上はどうにかして、良い方向に向くよう努力するしか方法は無いんじゃないか?」
僕は漠然とした答えしか用意できなかった。
今までは、どうやってこの世界から脱出するかに焦点を当てて、話を進めて行動してきた。
会議でもみんなが出した意見を参考にして、考えて意見を出してきたつもりだった。
だから友花の言ったことが、もし真実なのであれば、僕は発言が出来なくなってしまう。その旨を紗南に話した。
「その結果、一つの重要な可能性を省いてしまった、と。」
「ああ。今日もあわせて残り五日は、そこの確認をする必要もあるな。」
「そうだけど、どうするの?」
「ん…………。僕的にはタイムアップまで足掻く事くらいしか、方法は無いと思うけど。」
「えっ……。それって、確認する方法が無いってことじゃないの?」
僕は、恐る恐る首を縦に振った。紗南はそんな僕反応を見て、溜息をついた。
「まあ、真道がそう言うんだから、多分そうなんだろうけどさ……。」
そう言う紗南の顔には、『腑に落ちていない』と大々的に書いてあるように見えた。
「何でもいいから、アイディア出してよ……。」
「んなっ……。無茶言うなって、これでも昨日からずっと考えてたんだぞ‼」
そう言うのも、深夜、あきが落ち着いて、寝息を立てている頃に、僕は一人月明かりの中で、どういう道のりがあるかを模索していた。
しかし結論はおろか、仮説すら立てられず、朝を迎えてしまったのだ。
「そうなの? というか、それでも考え付かないってことは、誰も思いつかないだろうね……。」
僕を頼りにしてくれるのは嬉しい限りだが、今回の件に関して、僕を使い物にならない人と仮定した方が、妥当な判断なのかもしれない。
「なんだ、真道なら絶対に何かしらの解決策、出してくれると思ったのに。」
紗南の期待に応えられなかったのは、申し訳なく思う。でも僕だって人間、バイオリズムがあるのだ。
「とりあえずは、今まで通りなんじゃないか?」
「あっ、逃げた。」
「逃げてないよ‼」
「なんか、動揺してない?」
そう言って笑う紗南を、僕は恨めし気に睨んだ。
「はあ、はあ……。お前やっぱ、面白いな……。」
紗南は涙を流しながら笑っていた。
「こっちは、全然面白くないわ‼」
この二人の空間に、僕は居心地の良さを覚えた。
みんなで和気藹々と過ごした、あの頃のような気兼ね無い楽しい雰囲気だった。
