しかし一人だけ、こんな状況を前にして笑顔を誇っている人がいた。
「脱出できなくてもさ、いいじゃん。やれることを全部やれて死ぬんだったら、私はそれでいいけどな。」
「……あき、お前。」
「あき、あんた何言ってんの? 良くないでしょ、だって頑張って事が無駄になるのよ? それでもいいって何言って……。」
「別に私、もう思い残すことは無いしね。もちろん死ぬのは怖いけどさ。でも、この理不尽な世界に連れてこられて、私たちが抗えるだけ抗って、全部の力を出し切って死ぬのなら、私はそれでいい。」
全員があきの顔を見ていたと思う。
その嘘偽りの無い、済んだ瞳と太陽のような笑顔が僕らの目をくぎ付けにしていた。
「だからさ、その紙を返して欲しいな。私だけでも前に進みたいなって思うの。」
僕ら三人はただの傍観者に成り下がり、二人の空間をただ見守っていた。
「……あっそ。好きにすれば。そんな無駄な足掻きなんて惨めな真似、よく出来るわね。」
そうして、友花は負けを認めたように、持っていた紙きれを手放すと、わざと僕らにぶつかりながら、廊下の奥へ歩いて行った。
その時だった……。
「あっ……、うっ……、く……苦……しい……、息が……出来……無い。」
友花が突然、苦しみだしたかと思うと、膝を付いてその場に倒れこんだ。
そして次の瞬間、友花の体が徐々に、砂のような何かに変化していった。
友花は微動だにせず、外から吹き込む夜風に巻かれて、外に運び出されていった。
「えっ……。」
何とも呆気ない友花の最期に、僕は無意識的にそんな声を漏らしていた。
何が起きたんだ?
どうしていきなり友花がこんな事に?
「それはね、友花の命が途絶えたんだよ。現実世界でね。」
声の主はゲームマスターだった。
状況の整理が付かない状態で、出来るだけ情報量を増やさないで欲しかった。
しかし僕の願いも虚しく、何の躊躇もなく、ゲームマスターは話を進めた。
「脱水症状で死んだのさ、哀れな姿でな。全く滑稽だよ。」
「お前って奴は……‼」
「おいおい、随分とお人よしなんだな君は。あれだけ酷い事言われたのに、彼女のために怒れるのか。」
「言われたかどうかじゃない。今のお前の発言は、死んだ人に対して失礼だったんだよ。」
僕は語気を強め自分の意思を、ゲームマスターにぶつけた。
しかし僕の思惑とは裏腹に、ゲームマスターは自然にそのジャブを受け流した。
「ふーん、まあいいけどね。君たちも、もうすぐこうなるからさ。ふふふ……。」
初日と同様にゲームマスターの表情は分からなかった。
相も変わらず凹凸の無い、黒いマネキンのような不気味な物体が僕の目の前に立っていた。
そして不気味な笑い声を残して、自分勝手に消失した。
「友花ちゃん……なんで……。」
座り込んでしまったあき。こういう場合にどんな言葉を掛けるのが正解なのか、僕には分からなかった。
下を向き、両手を握りしめ、何か込み上げてくるものを我慢しているように見えた。
「あき……。悲しい気持ちも分かるけど、まずは自分達の事を考えないと。」
非情な言葉だと僕は思った。
でもタイムリミットが迫る中で、あきの気持ちの回復を待っていられるほどの余裕は無かった。
なぜなら、残りが四人になってしまったから。
「そう、だね。泣いてる場合じゃないよね。」
「ああ。後味の悪い別れになっちゃったけど、あいつの分も僕らが頑張らないといけないんだからさ。」
結局、友花がどういう人だったのか、僕には分からず仕舞いで終わってしまった。
あらゆるコミュニケーションを友花自身が遮断していた事で、人となりは闇に葬られてしまった。
もしかしたら今後何かしらの情報が、手がかりによってもたらされるかもしれない。しかし僕が、友花の人となりを感じ取る事は出来なくなってしまった。
僕は友花を憎めないでいた。
あの一瞬のうちに様々な方法で、僕の心を挫けさせようとした。
でも、そこには明確な理由があった。
それがいかに自分勝手だったとしても、僕には抱えさせてしまった責任がある。来る日も来る日も、友花は僕らの誤った認識を正そうとしていた。
それを言わせなかったのは紛れもない、僕自身なのだろう。
いくら自分が正しい事を言おうが、全員には平等に発言権があるはずだ。それを奪ってしまった僕は、とても罪深かった。
しかし僕も、努力はしてきたつもりだ。
頭を抱えて、前進する方法を考えて、辛くて寝ていたくても、頑張って声に出して、分かりやすいように説明して。
みんなのこと考えて頑張ってきたつもりだった。
友花の事を見えていなかったのは事実だ。
あれだけ不満が出てきたのも、恐らく友花が不利になるような環境づくりを僕が無意識に行ってしまったからだ。
しかし、もう少し友花も自分から、内面をさらけ出しても、良かったのではないだろうか。現にそれが無かったから、僕にはどうしようもなかった。
僕の考えは所詮、一つの仮説にすぎない。仮説が信憑性を得るには、そこに真実が無いといけない。
だからこそ、友花にはお面を被って欲しくはなかった。
しかし今更悔やんだって、取り返すことは出来ない。友花の件を無駄にしないように、僕らは進んでいくべきなのだ。
失敗をしない未来を目指すために。
「脱出できなくてもさ、いいじゃん。やれることを全部やれて死ぬんだったら、私はそれでいいけどな。」
「……あき、お前。」
「あき、あんた何言ってんの? 良くないでしょ、だって頑張って事が無駄になるのよ? それでもいいって何言って……。」
「別に私、もう思い残すことは無いしね。もちろん死ぬのは怖いけどさ。でも、この理不尽な世界に連れてこられて、私たちが抗えるだけ抗って、全部の力を出し切って死ぬのなら、私はそれでいい。」
全員があきの顔を見ていたと思う。
その嘘偽りの無い、済んだ瞳と太陽のような笑顔が僕らの目をくぎ付けにしていた。
「だからさ、その紙を返して欲しいな。私だけでも前に進みたいなって思うの。」
僕ら三人はただの傍観者に成り下がり、二人の空間をただ見守っていた。
「……あっそ。好きにすれば。そんな無駄な足掻きなんて惨めな真似、よく出来るわね。」
そうして、友花は負けを認めたように、持っていた紙きれを手放すと、わざと僕らにぶつかりながら、廊下の奥へ歩いて行った。
その時だった……。
「あっ……、うっ……、く……苦……しい……、息が……出来……無い。」
友花が突然、苦しみだしたかと思うと、膝を付いてその場に倒れこんだ。
そして次の瞬間、友花の体が徐々に、砂のような何かに変化していった。
友花は微動だにせず、外から吹き込む夜風に巻かれて、外に運び出されていった。
「えっ……。」
何とも呆気ない友花の最期に、僕は無意識的にそんな声を漏らしていた。
何が起きたんだ?
どうしていきなり友花がこんな事に?
「それはね、友花の命が途絶えたんだよ。現実世界でね。」
声の主はゲームマスターだった。
状況の整理が付かない状態で、出来るだけ情報量を増やさないで欲しかった。
しかし僕の願いも虚しく、何の躊躇もなく、ゲームマスターは話を進めた。
「脱水症状で死んだのさ、哀れな姿でな。全く滑稽だよ。」
「お前って奴は……‼」
「おいおい、随分とお人よしなんだな君は。あれだけ酷い事言われたのに、彼女のために怒れるのか。」
「言われたかどうかじゃない。今のお前の発言は、死んだ人に対して失礼だったんだよ。」
僕は語気を強め自分の意思を、ゲームマスターにぶつけた。
しかし僕の思惑とは裏腹に、ゲームマスターは自然にそのジャブを受け流した。
「ふーん、まあいいけどね。君たちも、もうすぐこうなるからさ。ふふふ……。」
初日と同様にゲームマスターの表情は分からなかった。
相も変わらず凹凸の無い、黒いマネキンのような不気味な物体が僕の目の前に立っていた。
そして不気味な笑い声を残して、自分勝手に消失した。
「友花ちゃん……なんで……。」
座り込んでしまったあき。こういう場合にどんな言葉を掛けるのが正解なのか、僕には分からなかった。
下を向き、両手を握りしめ、何か込み上げてくるものを我慢しているように見えた。
「あき……。悲しい気持ちも分かるけど、まずは自分達の事を考えないと。」
非情な言葉だと僕は思った。
でもタイムリミットが迫る中で、あきの気持ちの回復を待っていられるほどの余裕は無かった。
なぜなら、残りが四人になってしまったから。
「そう、だね。泣いてる場合じゃないよね。」
「ああ。後味の悪い別れになっちゃったけど、あいつの分も僕らが頑張らないといけないんだからさ。」
結局、友花がどういう人だったのか、僕には分からず仕舞いで終わってしまった。
あらゆるコミュニケーションを友花自身が遮断していた事で、人となりは闇に葬られてしまった。
もしかしたら今後何かしらの情報が、手がかりによってもたらされるかもしれない。しかし僕が、友花の人となりを感じ取る事は出来なくなってしまった。
僕は友花を憎めないでいた。
あの一瞬のうちに様々な方法で、僕の心を挫けさせようとした。
でも、そこには明確な理由があった。
それがいかに自分勝手だったとしても、僕には抱えさせてしまった責任がある。来る日も来る日も、友花は僕らの誤った認識を正そうとしていた。
それを言わせなかったのは紛れもない、僕自身なのだろう。
いくら自分が正しい事を言おうが、全員には平等に発言権があるはずだ。それを奪ってしまった僕は、とても罪深かった。
しかし僕も、努力はしてきたつもりだ。
頭を抱えて、前進する方法を考えて、辛くて寝ていたくても、頑張って声に出して、分かりやすいように説明して。
みんなのこと考えて頑張ってきたつもりだった。
友花の事を見えていなかったのは事実だ。
あれだけ不満が出てきたのも、恐らく友花が不利になるような環境づくりを僕が無意識に行ってしまったからだ。
しかし、もう少し友花も自分から、内面をさらけ出しても、良かったのではないだろうか。現にそれが無かったから、僕にはどうしようもなかった。
僕の考えは所詮、一つの仮説にすぎない。仮説が信憑性を得るには、そこに真実が無いといけない。
だからこそ、友花にはお面を被って欲しくはなかった。
しかし今更悔やんだって、取り返すことは出来ない。友花の件を無駄にしないように、僕らは進んでいくべきなのだ。
失敗をしない未来を目指すために。
