そうして連れてこられたのは研究室という言葉が相応しい一室だった。

「まずはあれを見てくれモルモットくん」

 アロハシャツに指し示された先には異様な何かが椅子に座っていた。体型からしてまだ少女とも言えなくない。どこか見慣れた学生服に身を包んでいるが、その首から上は真っ白で顔らしい造形も毛髪もないつるんとした卵型をしていた。強化ガラスの嵌め込まれた壁を隔てた向こう側はそれだけが異質で直視することを本能的に避けさせる何かがあった。

「なんですか、あれは」

 何に見える? ニヤニヤした笑いは僕の反応を楽しむように質問で返す。一緒に来ていた警備員の三人は顔を見合わせてまたはじまったよといった素振りを見せた。

「顔のない、マネキンに見えます」

 顔のないマネキン。その言葉を聞くとアロハシャツはさらに嬉々として目を爛々と輝かせた。

「いいねいいね。すごくいいよモルモットくん! 初めての事例だ!」

 この人の情緒はどうなってるんだろう。そんなことを思ってると件の部屋に繋がる自動扉が開いた。

「じゃあ、行ってみようか」

 その言葉の意味することが一瞬わからなかったが、荒っぽく銃口の先が背中を小突く感触に僕は全てを理解した。モルモットというのはこういう意味なのか。

「あの、中で何をすればいいんですか?」

 中に入ってから指示するよ。ニヤニヤした笑いがこの時になってようやく苛立たしく思えてきた。

 それじゃあ、彼女の向かいの椅子に座ってくれ。室内のスピーカーからマイクを通してアロハシャツの声が響く。言われるがままおずおずとその椅子に向かうと、例のマネキンは狼狽した様子を見せた。

「えっと、失礼します」

 言いながら、何だこの状況はと内心で自問自答した。死のうとしたところを助けられたかと思ったらその数時間後には訳の分からない動くマネキンの前に座らせられた上、そのマネキンは僕を見て明らかに動揺している。それはまるで許容し難い物を見たような忌避の反応だ。

「……」

 向かい合って座る僕に対してマネキンはいつでも立ち上がって逃げ出せるような体勢をとる。その反応を取りたいのはこちらの方なのだが。

 何か会話してみて。スピーカーから流れる声にむっとする。何かって、何を? 社交性があるかどうか、今の自分にはそれすら判然としなかったが、少なくとも、マネキンと共通の話題なんて持ち合わせているはずがなかった。