時計の針が鳴る音。呼吸音。心臓の鼓動。目を閉じれば血流の巡りさえ感じられる静寂。そのどれもが些細で当たり前のものでありながらも自分が生きているという事を実感させてくれる。縊死を選んでおいておかしな話だが、僕は素直に生きていてよかったと思った。

 やがて部屋の照明が落とされ常夜灯の薄暗いものだけが灯りになった。就寝時間だろうか。まだぼうっとした頭で硬いベッドの上に横になる。寝具はマットレスと薄い毛布一枚。冬になったらもう一枚掛け布団が欲しいところだった。

 翌日の朝食は非常食の詰め合わせみたいなものだった。鯖の缶詰にカンパン。紙パックの牛乳。よくよく見ればどれも賞味期限間近なものばかりだ。まだ期限内だから食えないことはないだろうが、なんだか残飯処理みたいだ。

 食事が終わると配食口と呼ばれる小さな開閉口が開き、食べ終わったトレイを警備員が回収していく。ここはまるで刑務所だ。

「ここが刑務所だって?」

 九時を過ぎた頃にやってきたアロハシャツの博士に調子はどうかなと問われた際にそうこたえた。彼は間の抜けた顔をして素っ頓狂な声を出した。

「おかしなことを言うね。君は何か刑務所に入れられるようなことをしたのかい?」

 そう言われるとどうなのだろう。相変わらず自分という人間がどういう奴なのか。記憶はまったく見当たらない。その無言を肯定ととったか否定ととったかはわからないが、アロハシャツの博士はニヤニヤ笑いながら一枚の紙を取り出して見せた。

「ここは地獄だよ」

 紙は先日サインを求められた物だった。

 物々しい重装備の警備員三名に連れられて僕とアロハシャツの博士は無機質な通路を歩いていた。
 刑務所にしては確かに清潔でどの設備も真新しい。壁も床も天井も重厚な鉄板か何かでできているのかSF映画さながらだ。