1.死に損ない



 今日から君はモルモットだ。

 博士と呼ばれたアロハシャツの男はそれだけを告げるとニヤニヤ笑いを浮かべながら楽しそうに部屋から引き上げていった。

 部屋の中にはトイレとベッド。取り外しのできない壁掛け時計。唯一の出入り口の扉にはドアノブの類はなく、開閉は外からしか出来ないようだった。

 自宅で首を吊ったところまではハッキリと覚えていた。玄関の扉が開かれ、二人の男によって宙ぶらりんになった身体は硬いフローリングの上に降ろされた。

 それは人命救助という温かみのあるものではなく、ただただ淡々と、願わくばこのまま死んでくれというような冷たい光を彼等の瞳から読み取れたくらいだった。

 その後蘇生した僕は一枚の紙にサインを求められた。朦朧とした意識の中で言われるがまま、文字とは言えないミミズのような線を引いて指印を押した。それを見て男達は憐れむようにため息をついて僕の肩を叩いた。睡眠導入剤が注射され、また微睡の中に意識は溶けた。

 どういう道順を辿ったのかわからないがそれから六時間後、僕はこの部屋で目を覚ましアロハシャツ姿の博士なる人物にモルモットと呼ばれて監禁されている。とても現実感のない状況だった。

 僕は死ねなかったらしい。

 青黒く変色した失敗の跡を指先で触れると喉が固く閉まった。その生理現象が改めて死ねなかったという事実を突きつけてくる。けれどもまた首を吊ろうという気にはならなかった。そもそもそれ以前にだ。どうして僕は死のうとしたんだ? 記憶の混濁なんてものではない。自ら首を吊ったその動機がぽっかりと穴が空いたように抜け落ちていた。それどころか自分の名前さえ出でこない。

 自分は何という人間で、どこで生まれてどう育って、どんな過程があって縊死を選んだのか。そのどれもが自分の中からまるまる失われていた。