「うん、そうだね。私も、そう思うよ。本当は、悲しいよ……自分の存在をおばあちゃんに否定されるのは、苦しいよ……すごくね」
柴田のおばあちゃんみたいに、ごはんを作ってほしかった。
私がバカなことして泣いたら、涙と鼻水をふいてほしかった。
一緒のお布団で眠りたかった。
「晶って、私の名前を呼んで、抱きしめてほしかった……おばあちゃんにも、愛してほしかったよ」
だけど、私の願いが叶わないことは早々にわかった。
おばあちゃんは、ママが亡くなってから心が壊れちゃったんだ。
そして、ママが亡くなった原因である私の存在を……憎んで、憎んで、恨んだ。
初めて会った3歳の頃から、ずっとそう。
ずっと、あのまま。
おばあちゃんは、なにも変わらない。
私は、ママが眠るお墓も教えてもらえなければ、手を合わせることも許されていなかった。
「私は、おばあちゃんが生きててくれればそれでいい。私を憎んでも恨んでも、おばあちゃんが生きててくれるだけで私は嬉しいから」
パパが言う『世の中にはどんなに真心をぶつけても通じない人もいる』が、おばあちゃんだ。
あの日、私にそう言ったパパも、きっとおばあちゃんの姿を思い浮かべていたのだろう。
心をぶつけてみたこともある。
思いを口にしたこともある。何度も。
でも、そのたびにおばあちゃんの感情を逆なでするだけで、いつも誰かを悲しませることになった。
誰も幸せにならなかった。
それならもう、私はおばあちゃんが最期まで心穏やかに暮らせるように、願うことに決めた。
おばあちゃんが私を許してくれる日がこなくても、それでいい。
ただ……あと10年、20年時間が経って、おばあちゃんが私の存在を許してくれるようなことがあれば、幸せだなぁって思う。
そんな夢みたいなことがあれば嬉しいなぁって思う。
たとえ1%以下の希望でも、私は捨てきれない。
