「もしもし杉原です」
店を出て近くのガードレールに寄り掛かりながら電話をかけた。
よく見れば、昼間にも何度か電話をもらっていた。仕事中でれられなかった俺は「急ぎの要件なら直接勤務先にでもかけてくるだろう」と折り返しの連絡をしていなかった。

「ああ、お忙しいところすみません」
「いえ僕の方こそ、なかなか行けなくてすみません」
「いいんですよ。お忙しいのは承知していますから」

電話の相手は父さんを診てもらっている病院の看護師。
俺も何度か顔を合わせたことがあるが、50過ぎの元気で明るい女性だ。

「何かありましたか?」

アルコールがもとで肝臓を悪くした父さんはずいぶん前から施設と病院の行き来を繰り返していて、ここ3年程は俺の勤務先からも車で30分くらいの所にある療養型の病院へ入院させてもらっている。

「寒い季節だからでしょうか、少し風邪気味で食欲も落ちています」
「そうですか」

見舞に行っても多少反応するくらいで、俺のことがわかっているかどうかだかわからない状態の父さん。それでも、俺はただ一人の身内だ。

「近いうちに時間を見つけて会いに行きますので」
「お願いします」

救命医なんてしていれば、時間もないしいつ呼び出されるかもわかったものじゃない。
せめて休みの日にはゆっくり眠りたい。次の休みには必ず面会に行こう。そう思っているうちに父さんの病院から足が遠のいていた。

「本当にすみません」
「大丈夫ですよ。先生もお忙しいでしょうから」
「はあ」

忙しいなんて言い訳にしかならない。
きっと、俺の心のどこかに、父さんを疎ましく思う気持ちかあるんだろう。
本当に、俺は親不孝な息子だ。