物心ついたころ、俺の家族は父さんと母さんだった。
小さなボロアパートに3人暮らし。決して裕福でないのは子供心にも気づいていた。
母さんは病気がちで時々寝込むこともあったが、俺のことを大切にしてくれた。
父さんは測量技師をしていて、お酒が好きな人でいつも酔っぱらっていた。

「杉原先生のご実家も医者ですか?」
「え?」
あまりにも自然に尋ねられ、固まった。

確かに、うちの病院へやって来る研修医たちは実家が開業医か親が医者って奴が多い。
そのことをうらやましいと思った事はないが、金に不自由していないのは間違いない。苦労知らずのお坊ちゃんたちばかりだ。

「残念ながら俺の実家は普通のサラリーマンだ。君は?」
「うちは内科の開業医です。だから俺が内科に行くのが当たり前だと思われています」
「ふーん」

こんな話をする以上、彼は内科に行きたくはないんだろうな。
もしかして救命に興味があるのかもしれない。

「本当にウザイですよ」

吐き捨てるように聞こえてきた言葉に、俺は返事をしなかった。
本当なら、お前はそのおかげで医学部に行けたんだろうと言ってやりたかったけれど、きっと今のこいつの耳には届かないだろう。

ブブブ。
ん?
病院からの着信。

「もしかして、呼び出しですか?」
俺の表情が変わったのを見て心配そうに聞かれた。

「違うよ。私用の電話。悪いけど、俺はこのまま抜けるから」
「わかりました」

向こうの方で盛り上がっている先輩と研修医たちを残し、俺はそっと店を後にした。