(……で、こうなるよね)
小さなローテーブルの後ろに、ベッド。
これが彼氏でもそわそわするけど、それとはまた別の落ち着きのなさ――言ってしまえばそれまでだけど、事態はもっと複雑だ。
「疲れたでしょ? 気遣わないで、眠くなったら寝てね」
久しぶりに再会した幼なじみ、しかも、あり得ないような過去があって。
「何もしない。約束」
そう言って絡んだ小指は、あの頃よりもずっと硬い。
記憶の奥深く、どこか探したら思い出したような、可愛くてふにっとした安心感はどこにもない。
ゴツゴツとまでは細い指先だけじゃ言えないけど、何と言うか、すごく骨を感じてしまって肌に直に触れているんだと脳に伝わってくる。
おまけに。
「……正直に言うと、我慢するの辛いよ。ずっと想像してた輝が、すっぴんでパジャマ姿で……シャワー浴びた後で、あったかくて。何にも感じないなんて、嘘にもならない。でも、せっかくこうしていられるのに、それをぶち壊すようなことしないよ」
この、1ミリも隠れることがない愛情。
付き合っているのでも、友達と呼べるかすら疑問の相手から吐かれ続けるということを置いたとしても、私は未経験だ。
もしかしたら、これって普通?
今までが、本気で好きでも好かれてもなかったのかな――……。
「……まだ起きてる」
「そっか。じゃ、何話そうかな」
「あ、何か飲む? コーヒーはないけど……チューハイか、紅茶か、えっと」
(……なんもない……)
「チューハイ? それはさすがに記憶にないから、新情報」
甘さから逃げ込もうとした冷蔵庫が、「そりゃ、あんたが買うものしか入ってませんよ」って嘲笑ってふんぞり返ってる。
「嘘。別に変なことじゃないし。うちにもあるよ、そんなの。でも、今日はやめとく。大丈夫だとは思うけど、あんまり酔いたくないし……湯上がりの輝だけで十分」
「え……っと、じゃあ」
最後のは、聞こえなかった。
被せるように言ったけど、何がいいのか分からない。
もちろん、好みなんて変わってるかもしれないけど。
でも、あれ……陽太くんの好きなものって。
「憶えてないーって焦ってる? 気にしなくていいのに……輝と同じのでいいよ」
冷気を浴びながらフリーズしてると、いつの間にかクスクス笑ながらすぐ後ろにいた。
「当然なんだよ。だって俺、いつだって“輝と一緒”しか言わなかったもん」
(……あ……)
『……あきちゃんと一緒がいい』
おやつも、飲み物も、何かを買ってもらう時はいつもそうだった。
「思い出しちゃった? 俺、本当に何もかも輝とお揃いがよくて。輝が持ってるものとか、選ぶものとか……輝がくれたら、ずっと持ってた。あー、今考えたらダサいし恥ずかしいし、怖」
「……可愛くて好きだったけど……でも、今は好みあるだろうし、何もなくてごめん」
「さすがに、今はね。急だったし、仕方ないよ。それに、ほっとしちゃった」
仕方なくケトルに水を入れて、スイッチを押す。
紅茶しかないや。
やっぱり、少しは来客用ってものも必要かも――そんな日常の行動に、気が逸れていたのかも。
「輝以外の物がなくて。俺のとこに来てくれた時点で、もしかしたらって思ってたけど……輝、今彼氏いない……よね」
カチッと鳴って、お湯が沸いた。
挙動不審に黒目があちこち行きながら、どうにかティーポットにお湯を淹れる。
頷いただけで、ふっと息を吐く音がしたのが落ち着かなくて。
ポットの中で舞っている茶葉から、目を離さないようにした。



