庭に自転車を停めて、いつも通りただいまを言って裏口から家に入る。
店の制服に着替えて、1階の店に下りていく。
「紫央」
返事がない。
「…………」
紫央は、寝ていた。
レジのカウンターで腕を枕にして、すうすうと気持ちよさそうに寝息をたてている。
「寝てる場合かっ!」
思わずつっこんでしまった。
紫央の背中がピクンと動く。
「あ、蒼乃おかえりー」
顔をあげてむにゃむにゃと眠そうに言う紫央。
なんてのんきな顔だろう。
緊張していたのが、途端に力が抜けていく。
「おかえり蒼乃」
お母さんが厨房から顔を出して、紫央を見てくすりと笑う。
「紫央くん、朝から頑張ってくれたもんね。ちょっと休憩していらっしゃい」
紫央はこくりとうなずいて立ち上がり、半分寝たままふらふらと奥の部屋へ引っ込んでしまった。
本当に眠そうだ。
本当に疲れているんだろうな、と思う。
また謝るタイミングを逃してしまった。
「じゃ、あとよろしくねー。お小遣いはずむから」
お母さんはパチリとウインクをする。
「……はあ」
一応、一通りの仕事内容は教わっていた。
お父さんが入院中暇だからと、マニュアルを作ってくれたのだ。
ざっくりした説明ながらも、要点がきちんとまとめられていてわかりやすい。
でも、覚えることは山ほどあった。
わたしはいままで、お父さんやお母さんの仕事について、何も知らなかったんだと実感する。
わたしには無理だから、向いてないからと、知ろうともしていなかった。
朝早くから夜遅くまで仕事詰めで、大変なのは知っていた。
だけどこうして文字にしてみると、ひとつひとつの小さな作業によって店が成り立っているのがよくわかる。
お父さんもお母さんも、一日一日手を抜かずにやってきたから、多くの人に愛される店になったのだということも。
いままで一度だって家の手伝いを頼まれたことはなかった。
それは、お父さんとお母さんが2人とも元気だったから。
来たばかりの紫央だって、くたくたになるまで頑張っている。
初めて頼りにされたんだ。
わたしにできることなら、力になりたい。
頼りないかもしれないけれど、大変なときだからこそ、支えたい。

