翌朝は、いつもより早く目が覚めた。

眠気は感じないけれど、泣き腫らしたせいでまぶたが重い。

わたしは体を起こして、苦笑をこぼした。


『明日は早起きして、雪だるまつくろう』


律儀に約束を守ったって、もう意味ないのに……。

部屋を出ると、珍しくお母さんが台所に立っていた。

いつもは早くから店に出て、朝の準備をしているのに。

「おはよう、蒼乃」

お母さんが言った。

心配そうな目でわたしを見る。

わたしは泣いた目を見られたくなくて、目を伏せた。

「紫央くん、いなくなっちゃったわね」

ーーいなくなっちゃった……。

そう、もう、紫央はいない。どこにも、いないんだ。

「お母さん……知ってるの?」

顔をあげて言うと、お母さんは、寂しそうな目をしてうなずいた。

「昨日、紫央くんから、お願いされたの」

「お願い……?」

「時間をください、って」


『ぼくは今日、ここを出て行きます。だから最後に、蒼乃と2人の時間をください。それを思い出に、ぼくは消えます』


「詳しいことは何も聞かなかった。そんなに真剣にお願いされたら、何も言えないわよね」

お母さんは少し笑った。

わたしはまた、泣きそうになる。

初めて男の子にプレゼントを渡した。

喜んでくれて嬉しかった。

特別な料理を食べて、おいしいねって2人で笑った。

雪の降る夜道を、手を繋いで歩いた。

紫央と過ごした、最高に幸せな、最後の思い出。

泣いちゃだめだ。

もう泣かないって決めたんだから。

紫央が心配しないように、笑ってるって。

「さ、パン焼けたから、食べちゃいなさい」

「うん……いただきます」

わたしはテーブルについて、温かいパンを食べた。