◯
翌朝は、いつもより早く目が覚めた。
眠気は感じないけれど、泣き腫らしたせいでまぶたが重い。
わたしは体を起こして、苦笑をこぼした。
『明日は早起きして、雪だるまつくろう』
律儀に約束を守ったって、もう意味ないのに……。
部屋を出ると、珍しくお母さんが台所に立っていた。
いつもは早くから店に出て、朝の準備をしているのに。
「おはよう、蒼乃」
お母さんが言った。
心配そうな目でわたしを見る。
わたしは泣いた目を見られたくなくて、目を伏せた。
「紫央くん、いなくなっちゃったわね」
ーーいなくなっちゃった……。
そう、もう、紫央はいない。どこにも、いないんだ。
「お母さん……知ってるの?」
顔をあげて言うと、お母さんは、寂しそうな目をしてうなずいた。
「昨日、紫央くんから、お願いされたの」
「お願い……?」
「時間をください、って」
『ぼくは今日、ここを出て行きます。だから最後に、蒼乃と2人の時間をください。それを思い出に、ぼくは消えます』
「詳しいことは何も聞かなかった。そんなに真剣にお願いされたら、何も言えないわよね」
お母さんは少し笑った。
わたしはまた、泣きそうになる。
初めて男の子にプレゼントを渡した。
喜んでくれて嬉しかった。
特別な料理を食べて、おいしいねって2人で笑った。
雪の降る夜道を、手を繋いで歩いた。
紫央と過ごした、最高に幸せな、最後の思い出。
泣いちゃだめだ。
もう泣かないって決めたんだから。
紫央が心配しないように、笑ってるって。
「さ、パン焼けたから、食べちゃいなさい」
「うん……いただきます」
わたしはテーブルについて、温かいパンを食べた。