「えっと、それでね、この後一緒に打ち上げ行こうってことになって、連絡先交換してて、それで遅くなって。

 よかったら、涼ちゃんもどうかな?」


涼ちゃんは返事をしない。

明らかに不機嫌な表情をしている。

そんな涼ちゃんに、余計なお世話だとわかったうえで、私は控えめに話しかけた。


「あの……涼ちゃんと楓君って、不仲みたいに言われてるし、涼ちゃんが楓君のこと気に入らないのは今日の感じでよくわかったけど、でも、楓君は、涼ちゃんが思ってるほど悪い人じゃないよ。

 楓君ってカッコつけだし、正直軽そうで、ちゃらちゃらしてそうで、女の子慣れしてるのかなって、私もはじめはちょっと苦手というか、あんまりいいイメージなかったけど、周りの空気もよく読めて、場の空気づくりも上手で、ほんとはすごく優しい人なんだよ。

 だから涼ちゃんも、歩み寄ってさ。

 ほら、仕事を始めるには、まず人を知ることからって吉田さんもっ……」


そこまで言ったところで、私の腕がものすごい力でつかまれ、あっという間に体が壁に押し付けられていた。

顔を上げると、厳しい目をした涼ちゃんの顔が間近にあった。

その鋭い瞳に、声も出ない。

息もできない。

瞬きすら止められる。

涼ちゃんは片方の手で私の頬をそっと包み込みながら、顔をどんどん私の頬に近づけてくる。

涼ちゃんの唇が耳たぶに触れるのを感じて、体がぞくりとなる。


「他の男に、あんな顔見せるな」

「……へ?」

「そんな顔して、他の男の話をするな」

「涼ちゃ……」


「お前は俺の専属マネージャーだろ。だったら、俺のことだけ見ろよ。

 あんな顔見せていいのは、俺にだけだから」


耳にかかる吐息交じりの声に、足ががくがくと震えだす。

今にもへにゃりと足から崩れ落ちてしまいそうだった。

涼ちゃんの手のひらが私の頬の感触を確かめるように撫で、指先は耳たぶや耳の骨格をそろそろとなでる。

唇が耳元から少しずつ首筋へと移動すると、今まで感じたことのない震えを覚える。

涼ちゃんの体が私に重なり始める。

涼ちゃんの重みで、身動きが全く取れない。

だけど密着しているのがどこか心地よいと感じてしまう。

そんな私は、おかしいだろうか。

思わずそっと、涼ちゃんの腰に手をかけた。


__熱い。


体中が溶けそうなくらい熱い。

もうこのまま二人で溶けて、一つになってしまうんじゃないかと錯覚してしまいそうなくらい。

なんだか、いやらしい考えが頭を支配し始める。




__こんなところ、誰かに見られたら……。


だからって周りを警戒する余裕もない。

もうどうにでもなれと、ぎゅっと目を閉じた。

腰に置いた手に、力をこめた。