「じゃあ、まずはどうしよっかな」
撮影が始まると、第一声を発したのは、監督さんでもなく、カメラマンさんでもなく、楓君だった。
「じゃあまずは、この辺一緒に歩こうか。俺の隣歩いて」
「え? あ、うん」
よくわからないまま、楓君の指示に従う。
「背筋伸ばして、視線前にやって」
セットの周りを何周か歩いていると、少し緊張がほぐれ始める。
前に出す足からも、自然と力が抜けていつも通りの歩調になる。
そこに、楓君の手が、私の手を迎えに来た。
そっとつながれた手にどきりとした。
楓君の穏やかな目が何か言おうとしている。
私はそれにこたえるように、そっとその手を握り返した。
さっきまで普通に歩けていたのに、手をつないだ瞬間、また緊張がやってくる。
思わずスタジオの奥の方にいる涼ちゃんを探してしまった。
きょろきょろしていると、「美鈴ちゃん」と声をかけられてハッとして隣を見る。
「俺を見て」
と、楓君はつないでない方の手で自分の顔をひょいひょいと指さしていた。
「う、うん」
ちらっちらっと視線を上に向けると、にこやかな表情でずっとこちらを見つめている楓君と出会う。
目が合うと、なんだか照れくさくて思わずふっと笑ってしまった。
「そうそう、いいね。かわいい」
その言葉にまんまと乗せられて、口元から歯がこぼれる。
「おっ、いいじゃん、いいじゃん」
「見つめすぎ」
「だってかわいいもん。ずっと見てられるよ」
楓君は私を言葉で乗せながら、歩く速度を速めたり、緩めたり、急に止まったり、急に動いたり。
まるで遊んでいるようだった。
つないでいた手は、片手からいつの間にか両手になり、手を合わせあったり、指を絡めあったりした。
恥ずかしくてドキドキしたけど、ちらりと視線を上げて楓君と目が合うと、自然と顔がほころぶようになった。
顔を近づけたり、体を寄せ合ったり。
少しずつ距離が近づいても、ドキドキはしても嫌な気持ちにはならなかった。
むしろ、そのドキドキは、わくわくに似ていた。
楓君の首に手をまわして、正面から上目遣いで見つめあう今も、恥ずかしさの中に楽しさを見つけられる。
こんなこと、今までしたことないくせに、楓君の恋人になりきっている自分がいる。
「かわいいよ、美鈴ちゃん」
「もうわかったよ。あんまり言うと、恥ずかしいから」
「恥ずかしがってるその顔も、かわいい」
「もう、からかわないで」
「からかわないわけにはいかないよ、だって……」
そこまで言って、楓君は私のわきの下に手を入れこんで、ふわりと私を持ち上げた。
「こんなにかわいいんだもん」
私の真下で、楓君が微笑んでいる。
その目と合って、ドキドキしている。
さっきのドキドキとは、また違う。
私たちの周りを、無数の花びらが舞う。
その中で、体を持ち上げられたままくるりと何回転かした後、楓君はそっと私を地面に着地させた。
私にはまるで、螺旋階段を上からスーッと滑り落ちるような感覚だった。
地上に降り立つと、楓君は私を抱き寄せた。
そしてふっと穏やかな笑みを私に向けた。
その笑顔に、息もできない。


