だけど、楓君の撮影は一向に始まる気配がなかった。
スタジオ内はなんだかざわついていた。
どうしたのかと聞き耳を立てていると、どうやら楓君の相手モデルが到着しないらしい。
「困ったな、この後もほかの撮影があるし」
「今日しかスタジオ抑えられません」
「スケジュール調整は難しいです」
そんな声がちらちらと聞こえてくる。
どうしようと考えても、私にできることは何もないんだけど。
「他のモデルでいきますか?」
「他のモデルって、急には手配できないだろ」
そんな深刻そうな会話が聞こえた次の瞬間、
「モデルなら、いい人知ってるよ」
楓君ののんびりと、だけど力強い声がスタジオに響き渡った。
その声に私も顔を上げると、楓君がずんずんこちらに近づいてくる。
「……え?」
思わず小さな声が漏れた。
楓君の自信ありげな、どこか意地悪そうな目が私をとらえて離さない。
思わず身を引いたその時、腕がぱっと取られた。
「美鈴ちゃんがいるじゃん」
「え?」
「こんなにかわいいし、スタイルだって問題ないし」
「わ、私は、無理だよ。私、一般人だもん」
「俺たちだって、もとは一般人なんだから。暇なら俺と遊ぼうよ」
「そんなこと言われても……」
そこまで言いかけたところで、私と楓君の間にすっと立つ人がいた。
「ダメだ。素人の美鈴にモデルやらせるなんて、何考えてんだよ」
「緊急事態じゃん。助っ人だと思ってさ。
マネージャー代理だってやってるんだから、モデル代理だってやってもいいんじゃない?」
「一緒にするなよ」
「お前のマネージャー代理じゃあ、美鈴ちゃんの魅力が台無しだよ。
もったいない。
俺のモデル相手代理になったら、俺がもっといい顔させてやるよ」
涼ちゃんの厳しい視線に対して、楓君は涼やかな表情で応戦する。
「それに、美鈴ちゃんがモデルやるのに、お前の許可が必要なの?」
「え?」
「涼也は、美鈴ちゃんのなんなの?」
__何なの? 私は涼ちゃんの、何なの?
マネージャーもろくにできない、ただ近くにいるだけの女子高生。
そうぼんやり考えている間に、手を取られて引っ張っていかれる。
「おい、楓」
「自分だけ「涼ちゃん」は、ずるいんじゃない?」
そう言って、楓君は私の肩をつかんでぐいぐい前に押していく。
「監督、この子、めちゃめちゃかわいいでしょ。スタイルもいいし。
顔出しはNGなんだけど、後ろ姿だけとかどうかな? ミステリアスじゃない?
かわいい顔が出ないのはもったいないけど」
「どうどう?」と楓君は監督に詰め寄る。
私の全身をじっくりと見た監督も、楓君のノリに押されたか、状況が状況なので妥協したか、「彼女で行こう」と決意した。
「じゃあそういうことで、急いで撮影終わらせよう」
楓君がパンパンと手をたたいて明るい声で言うと、止まっていた空気が急に動き出した。


