そう言われても、私には不安しかない。

だって、


「涼ちゃんの仕事を見たところで、私、芸能界のこととかよくわかんないし、モデルとか演技とか専門的なこともわかりませんよ」


「何か問題でも?」

「問題でしょ。わかんないのに、どこをどう褒めたらいいんですか」

「美鈴ちゃんは、ほめられたこと、ないの?」

「私だって、……ほめられたことぐらい、ありますよ、たぶん。

そうじゃなくて、素人がなに偉そうに言ってるんだって怒られるのがオチでしょう」


「僕だって専門的なことはわからないよ。だけど、ほめ方ならわかる」


そう言った次の瞬間、吉田さんは私の腕をぐっと掴んだ。

体が前に傾いて、気づいたときには、吉田さんのうっすい胸板に頬と手をつけていた。

だけど頭には、優しげな重みを感じていた。

そっと髪が梳かれるのを、心地よく感じた。


「よくできました」


 その優しい声に、胸がどきんと跳ねる。

今日の疲れや緊張が、その言葉で一気にほぐれていく。

どっと流れていく。

瞼が落ちそうになる。

そっと視線を持ち上げると、吉田さんの緩やかな弓なりになった目と出会った。

時間が止まったように、私たちは見つめ合った。

だけど、


「ね?」


その声で、時間がぱっと動き出す。

私の心臓が、警報音を鳴らしながらドクドクドクと走り出す。




「い……いやあああああああああああ」





叫びと共に私に突き飛ばされた吉田さんは、あろうことかベッドから転げ落ちた。


「な、な、な、何するんですか」


吉田さんは「はははは」と笑いながら、ベッドの向こう側から顔を出す。


「いやあ、美鈴ちゃん、強烈だなあ」なんて言いながら。


__ケガ人だと思って油断した。

 信用を熱く語ったこの人が一番信用できない。


一気に警戒心が増す。

それなのに吉田さんは、困ったような笑い顔を作って、下心をおくびにも出さない。


「まあ、こんな感じ」

「こんな感じって……、そんなこと、できるわけないじゃないですか」

「大丈夫だよ。涼也は突き飛ばしたり叫んだりしないから」


「よっこらしょっと」とベッドに這いあがる吉田さんに、私は渋々手を貸す。


「私なんかで、いいんですかね?」

「さあ、どうかなあ」


アドバイスして実演までしておきながら、吉田さんは無責任な返事をする。


「でも、僕がやるよりいいんじゃない?」


そう言いながら、吉田さんはのん気に「あはは」と笑った。


__「あはは」じゃないよ、まったく。


まるで子供みたいにふざける吉田さんを、頬を膨らませてにらみつける。

そんな私を、吉田さんはまるで別人のような穏やかな顔で見つめて言った。


「マネージャーとしての基本的な仕事は、最悪できなくてもいいよ。

 悔しいけど、そんなの涼也にもできちゃうからね。

 それよりも、涼也のそばにいてあげてよ。

 働きぶりを見てあげてよ。

 そしてすべてが終わったときに、あいつの今日の頑張りを、ほめてあげてほしい。

 そして、芸能人じゃない、羽瀬涼也のことも、見てあげて。

 それが、マネージャーとしての一番の仕事かもしれないね」


私を諭すようなその表情に、私は不承不承うなずく。

肩が落ちる。

だけど、気持ちがきゅっと引き締まる感じがした。